今から約30年前、JCDAもCDAもまだ存在していなかった1996年に、1冊の書籍が出版されました。『キャリア・カウンセリング―その基礎と技法、実際』(実務教育出版)。その編著者の一人がJCDAの佃直毅副理事長で、「キャリア・カウンセリング担当者に求められる行動基準」などの項を執筆しています。今号は、その原稿を再掲するとともに、佃副理事長の生き方・考え方をご紹介します。
キャリアカウンセリングの研究に 至るまでの道のり
――佃先生は、とても早期にキャリアカウンセラーの倫理に関する著述をされています。そこに至るご経歴をお聞かせください。

佃 私は1943年に広島市で生まれ、被爆をしています。生家には住めなくなりましたので、父親の出身地である福山市鞆の浦に移り、高校卒業まで過ごしました。高校時代はたまたまYMCA(キリスト教青年会)の先生と知り合って夏期講座を受けることになったため、夏休みはYMCAの寮で生活していました。その先生が社会学を学ばれていたことから、私も社会学に興味を持ち、立教大学の社会学部に進学しました。社会学部には職業指導というコースがあり、私はそこでガイダンスやカウンセリングなど職業指導の基本を学びました。修士課程にも進んでいます。
修士を修了したのは1968年3月ですが、ちょうどその年の4月に東京都心身障害者福祉センターが開設されました。障害のある方の更生相談施設として医学的・心理学的・職能的判定を行うとともに、区市町村などに専門的な知識・技術を要する相談対応・指導などを行う施設です。大学の先輩から誘われ、私はそこで働くことになりました。主な仕事は、障害のある方の職業能力を評価することです。
――同センターで印象深いことはございましたか。
佃 本当にさまざまな方が相談に来られました。障害の種類や程度が違うのはもちろん、知的レベルの高い人、企業の重役、不慮の事故に遭った高校生もいました。カウンセラーとしてそうした方々から伺ったお話は、私の経験に生かされていると思います。
また、ある時「相談者に陶芸を勧めるといいのではないか」と思い立ち、自分が相談者に教えられるようにと、陶芸家のもとで習い始めました。でも、1年間か2年間習った頃に、茨城大学に教員として転職することになったのです。
――なぜ、転職されたのでしょうか。
佃 茨城大学で進路指導を教えていらっしゃった山田雄一という先生(後の明治大学学長)が、私のゼミの先生に「誰かいないか」と相談されたようです。私の先生は藤本喜八という方で、ドナルド・スーパー博士のもとでも勉強された方です。私が所属する日本進路指導学会(現在の日本キャリア教育学会)の初代会長も務められました。その藤本先生から「茨城大学で教員をしてみないか」と促され、転職することを決意したのです。その後、定年の65歳まで36年間、茨城大学で教鞭をとりました。担当科目は、進路指導の原理、キャリア・カウンセリング、職業社会学、個性理解、職業心理学、情報と職業などです。
その後は働く予定はなかったのですが、先輩から声がかかり、2023年3月まで松蔭大学で教員を務めました。
――当時の職業指導は、社会人も対象としていたのでしょうか。
佃 大学では学生を対象としていました。社会人を対象に考え始めたのは、日本マンパワーとの関わりができてからです。JCDAの副理事長になったのも、それが契機になっています。
カウンセラーもクライエントも お互いの価値観を大事にすべき
――今のキャリアカウンセラーに求められる倫理や行動基準をどのようにお考えですか。
佃 昔、仕事は食べていくための生業でしたが、経済的に余裕が出てきた1970年頃から「どういう風に生きていくか」という生き方を考えるようになりました。それを考える際には個人の価値観が反映します。ただ、価値観は人によって異なり、カウンセラーもクライエントもそれぞれの価値観を持っています。それをお互いに大事にすることが基本になるかと思います。書籍にも詳しく書いてあります。
キャリア・カウンセリング担当者に
求められる行動基準専門性の確立と倫理性の重視
カウンセラーの行動基準は、カウンセラーという職務が専門職であるという見地によって、より明確になる。専門職についての見解については、カー・ソンダース(Carr-Saunders, A.M.)とウィルソン(Wilson, P.A.)をはじめ、多くのものがあるが、専門職としての成立条件の一つに“倫理綱領”があげられている。
カウンセラーの倫理網領と行動基準
キャリア・カウンセラーについては、伝統的な専門職といわれる医師や弁護士と同程度にその要件を備えているといえない部分(たとえば社会的認知)もあるが、資格を取得するまでの過程や、専門的な知識や技術を行使することによってなされる対人サービスの仕事であるという点など、共通的な要素の多くを備えているといえる。とくに、対人サービスの質によってその職務の適切性が測られるという点、サービスの維持と改善が目指されている点、さらに、これらが倫理綱領によって自己規制されている点などをあげることができる。
さらに、キャリア・カウンセラーは、グッズ(Goods, W.J.)のいう“Person Profession”としての特質――きわめて温かく、信頼に満ち、親近感によって成り立つ人間関係をもっていることを考えるとき、カウンセラーの行動基準としての倫理はきわめて重要なものといえる。
(中略)クライエントに対する誠実な関心と柔軟性
カウンセラーは、クライエントに対して誠実な関心をもっていなければならない。このことは、クライエントがもっている個人的価値や生き方、あるいはクライエントにはクライエント自身のやり方があることを知り、それを尊重しなければならない、ということである。人は誰でも、自分がもっている価値が最も正当であると思ったり、自分の生き方や人としての在りようが最も当り前であると思い込みやすい。もしそれをクライエントに押しつけるなら、単におせっかいにすぎない。
カウンセラーは、自らを尊重することと同じように、クライエントの価値観、生き方、人としての在りよう、やり方を尊重することが、クライエントの誠実さを擁護することであり、かつ誠実な関心をもつことでもある。
カウンセラーも、クライエントと同じ一人の人間である。人間である以上、欲望も感情ももっていることに変わりはない。しかしカウンセラーは、欲望からくる行動や感情を自ら制御し、冷静さと落着きのある態度でクライエントの発言に耳を傾けることができなければならない。しかし一方で、カウンセラーはクライエントの感情や社会の現実や動きには敏感でなければならず、融通性と想像力に富んでいることが求められる。出所:『キャリア・カウンセリング―その基礎と技法、実際』(実務教育出版)
――この書籍が出版されたのは1996年ですが、古いというイメージはまったくなく、現在にもマッチする内容ですね。
佃 そうですね。また、生き方の問題は仕事に関することだけではありません。生き方はさまざまなことに左右され、時代とともに広がってきています。ですから、世の中の動きを知らなければカウンセラーはできないように思います。
キャリア・カウンセリング担当者に
求められる現実社会への関心来談者の理解と適応援助のために
カウンセラーがカウンセリングを進めるとき、クライエント(来談者)に対して誠実な関心をもつことは、倫理上あるいは行動基準の点からしても、きわめて重要なものである。クライエントに対する誠実な関心は、クライエントをクライエントがおかれている現実の社会との関係で理解しようという姿勢にほかならない。
現実社会への関心と価値基準
とくにキャリア・カウンセリングにおいては、カウンセラーの現実社会への関心は、クライエントの生き方の指導援助に焦点を当てたものであるという特徴から、カウンセリング実践の基本的要件ということができる。
キャリア・カウンセリングの過程は、個人に、「洞察を得させ、行動を変容させ、そして特定の価値に促しながら人生をもっと能率的に生きさせ、もっと幸福を増進する方向に向っての選択を目指すものである」(Samler, J.1960)といわれるように、価値を担っているものである。
“もっと幸福を増進する方向に向って”ということは、必然的にクライエントの価値観に呼びかけていることである。個人にとって何が幸福であるのかという価値基準は、クライエントがよって立つ現実社会との関係において決められるものである。言い換えれば、現実社会から遊離したところで、個人にとって何が幸福であるかという概念は生まれてこない。もちろん、現実社会だけを見ればよいということではない。個人の特性や志望――どんな能力を生かし、伸ばしたいのか、どんな興味にはけ口を求めたいのか、どんな人生の目標を実現したいのか等との関係の中で、現実社会への閃心が払われなければならない。
(中略)
カウンセラーが、現実社会への関心を持つことは、クライエントの人生目標や価値を明確にするための援助にとって欠かすことのできない要件なのである。つまり、「価値は、カウンセリング関係の中心にあるものであり、その内容に反映されるものであり、そしてその過程に影害を与えるもの」であり、その価値は、現実社会の中にこそ見いだしていかなければならないものである。出所:『キャリア・カウンセリング―その基礎と技法、実際』(実務教育出版)
キャリアカウンセラーに求められる態度と自覚
――著書には、専門職としての態度と自覚も書かれていますね。
佃 専門職としてカウンセラーに特に求められる態度や自覚を9項目挙げています。ただ、これらを守りさえすれば大丈夫という意味ではありません。これらを自覚してそれをめざそうとする態度が大事です。「私は大丈夫だ」という態度では、倫理として不十分です。「より良くするために自分も成長しよう」と努力し続けていくことが倫理なのです。絶えずそうした心構えを持っていることが必要とされます。
自己啓発(成長の論理)とサービスの向上
専門職というものは、「絶えざる成長を本質的な要件とする」といわれるとおり、キャリア・カウンセラーにとって成長の論理に対する厳しい自制が要求されている。
キャリア・カウンセラーとしてのサービスの質は、カウンセラーの人格としての成長をはじめ、専門性(知識・技術)の向上と対応関係にあるということができる。したがって、進路指導やカウンセリングに関する研修に積極的に参加するなど自己啓発に努めることが求められている。自分の人間性を高め教養を広めることにたえず努力するだけでなく、カウンセラー自身の教育を受けようという欲求を高めることも要請されている。専門家(職)としての態度と自覚
自己啓発もキャリア・カウンセラーの自己規制(Self-regulation)といえるが、専門職としての態度や自覚という面は、ことのほか重要である。
キャリア・カウンセラーの専門職としての態度や自覚は、次のような行動を自ら慎むこと、あるいは進んで直面することを意味する。
(1)クライエントに関する諸事実やクライエントから得た情報を外部にもらさないこと
(2)クライエントにかかわることだけでなく他人の悪口や陰口をいわないこと、また、つまらないおしゃべりも専門家としての信頼を失わせるものであると知ること
(3)クライエントに約束を強要したり、強制したりしないこと
(4)クライエントを支配したり、支配力を利用しないこと
(5)根拠のない提案をしないこと
(6)不快な事実に直面しても、自己を規制し冷静に対処すること
(7)カウンセリングの時間を確保するために時間管理ができること
(8)カウンセラーは、専門性および力量の点から自分の活動範囲の則を超えないこと
(9)社会の不公正な事実(職業のステレオタイプ、男女雇用均等にかかわることなど)に直面した場合、クライエントがこうした現実を公正に判断できるよう援助を与えることはもちろんのこと、カウンセラー自らも改善や是正に対して可能な限りの働きかけを行うべきこと出所:『キャリア・カウンセリング―その基礎と技法、実際』(実務教育出版)
――ご執筆にあたって、海外の文献などを参考にされたのでしょうか。
佃 そうした文献も参考にはしていますが、基本的には心身障害者福祉センターでの経験を振り返って考えたことを基にしています。
――態度と自覚としてまとめられている9項目は、いずれも深く考えさせられることばかりです。
佃 特に(1)は、カウンセリングを成立させる基本的な行動基準です。書籍の記述をご参考にしてください。また(4)は、無意識にカウンセラー自身の願望によって支配してしまうことがありますので注意が必要です。(5)もよく見受けられます。クライエントはカウンセラーの提案を信じてしまいがちですが、あくまで本人の意思で決定すべきです。(9)については、人が社会と無関係であることはできないので、カウンセラー自身も世の中を良くしようと心がける必要があります。倫理綱領とはそこまで含むものだと考えます。
――読者である会員に向けて、何か期待やご要望はございますか。
佃 倫理綱領を鵜呑みにするのではなく、ほかのカウンセラー仲間などと一緒に考える場があるといいかもしれません。私の書いたことに関しても、それぞれでお考えになり、気がつくところは気がついていただければ幸いです。
(プロフィール)
佃 直毅(つくだ・なおき)
1943年、広島県生まれ。立教大学大学院修士課程修了(職業指導)。1978年、LCDS(キャリア発達システム)ファシリテーター資格取得(ミシガン州)。職歴は、東京都心身障害者福祉センター(職能判定員)、茨城大学教育学部助教授(準教授)・教授、上智大学・立教大学・法政大学講師、松蔭大学教授・特任教授など。日本キャリア教育学会(旧日本進路指導学会)名誉会員。ミネソタ大学特別研究員、文部省在外研究員(ペンシルバニア州立大学)なども歴任。著書・論文多数。

(インタビュー日 2025年5月22日)