目次

退職が問題なのではない。その後に続く「数十年」をどう生きるか

―ナンシー・シュロスバーグ先生の最新寄稿から考えるマタリング

皆さま、日頃より大変お世話になっております。
JCDAの佐々木です。

先日、JCDAのブログにて、転機理論の開拓者であり、JCDAの名誉会員でもあるナンシー・シュロスバーグ先生から届いたメッセージをご紹介しました。

▼リンク

【特別寄稿】転機理論の開拓者、ナンシー・シュロスバーグ先生からのメッセージ

 

96歳になられた今もなお、先生は「長寿」「リタイアメント」「マタリング」について考え続け、発信を続けておられます。

前回の記事では、先生が近年とくに大切にされている Mattering(マタリング) という考え方をご紹介しました。
マタリングとは、「自分は誰かに気づかれている」「気にかけられている」「そして何より、誰かに必要とされている」と感じられることです。

この考え方は、キャリアカウンセリングに携わる私たちにとっても、非常に大切な視点だと感じています。

キャリアとは、単に仕事や職業のことだけではありません。
人生のさまざまな場面で、自分がどのように社会とつながり、どのように役割を見出し、どのように「自分らしく生きる意味」を紡いでいくのか。
その全体を含むものだと、私たちは考えています。

今回、シュロスバーグ先生が2026年4月12日にUSA TODAYへ寄稿された新たな記事を、あらためてご紹介します。

記事のタイトルは、

“Retirement is not the problem. It’s the decades that follow.”
「退職が問題なのではない。その後に続く『数十年』こそが問題なのだ。」

です。

このタイトルだけでも、私たちキャリア支援者に投げかけられている問いの大きさを感じます。

退職後の「自由」は、必ずしも解放だけを意味しない

多くの人は、退職後の生活に「自由」を期待します。

時間に追われない。
仕事上の責任から離れる。
誰かの世話や役割から解放される。
自分のために時間を使える。

それは確かに、長く働いてきた人にとって大きな報酬のように見えます。

しかし、シュロスバーグ先生は、そこに潜むもう一つの現実を見つめています。
それが、先生の言う “freedom paradox”―自由のパラドックス です。

自由になったはずなのに、同時に「自分はもう必要とされていないのではないか」と感じてしまう。
予定がないことが、喜びではなく空白のように感じられる。
誰からも頼られないことが、安心ではなく、社会から切り離された感覚につながってしまう。

これは、高齢期だけの問題ではないようにも思います。

仕事を離れたとき。
子育てが一段落したとき。
役職を退いたとき。
病気や介護によって、これまでの役割が変わったとき。
あるいは、人生の途中で「これまでの自分」が通用しなくなったと感じるとき。

私たちは、何度もこの問いに出会います。

私は、まだ誰かの役に立っているのだろうか。
私は、ここにいてよいのだろうか。
私の存在には、まだ意味があるのだろうか。

キャリア支援が向き合うべき「マタリング」

シュロスバーグ先生は、退職後の人生を考えるうえで、単なる「やりたいことリスト」や「余暇の充実」を超えて、マタリングに目を向ける必要があると述べています。

大切なのは、何か大きなことを成し遂げることだけではありません。

誰かに声をかける。
小さな困りごとに気づく。
自分の経験を分かち合う。
誰かの話を聴く。
自分がまだ環境に働きかけることができると感じる。

そのような小さな関わりの積み重ねが、「自分はここにいてよい」「自分にもまだできることがある」という感覚を支えていきます。

これは、JCDAが大切にしてきたキャリアカウンセリングの考え方とも深く重なります。

私たちは、経験を語り、意味を見出し、次の一歩につなげていくプロセスを大切にしてきました。
それは、単に過去を振り返るためではありません。
その人が自分の経験の中にある価値を見出し、今の自分と社会とのつながりをもう一度感じ直すためです。

マタリングとは、他者から一方的に与えられるものではなく、関係性の中で育まれていくものなのだと思います。

誰かに必要とされること。
誰かを必要とすること。
誰かの存在に気づくこと。
そして、自分もまた誰かに気づかれていると感じること。

そこに、キャリア支援の大切な役割があるのではないでしょうか。

先生の記事の全訳

以下に、シュロスバーグ先生の2026年4月12日付USA TODAY寄稿記事の日本語訳を掲載します。

※本稿は、ナンシー・シュロスバーグ先生がUSA TODAYに寄稿された記事について、ご本人のご了解を得て、日本語訳として紹介するものです。

▼外部リンク

RETIREMENT IS NOT THE PROBLEM. IT’S THE DECADES THAT FOLLOW.

Nancy K. Schlossberg, Special to USA TODAY(Updated April 12, 2026)

『退職が退職が問題なのではない。その後に続く「数十年」こそが問題なのだ。』
ナンシー・K・シュロスバーグ / USA Today特別寄稿(2026年4月12日更新)

96歳になった今、人生とは「相反する現実」の連続であると感じています。2週間前、私はエネルギーが湧き上がるのを感じ、ワシントンD.C.への旅行計画を立て始めました。ところがその2日後、私は完全に疲れ果ててしまいました。私は自問し始めました。自分は「ヤング・オールド(若々しく活動的な高齢者)」なのだろうか、それとも「オールド・オールド(より高齢期にある高齢者)」なのだろうか、と。その答えは絶えず変化し続けています。

人生の転機(トランジション)を何十年も研究してきた心理学者として、私は最も困難な転機は「退職」そのものではなく、その後に続く「数十年」であることに気づきました。フロリダ州サラソタで「エイジング・レベルズ(加齢に抗う者たち)」というグループを共同運営する中で、80代や90代の人々の間に共通するテーマが浮かび上がってきました。私たちはそれを「自由のパラドックス」と呼んでいます。

完全な自律という重み

若い頃、私たちは自由を切望します。時間に追われる生活、仕事上の要求、そして介護によって生じる制約からの自由です。しかし、グループのメンバーが最近言葉にしたように、完全な自由は、あっという間に「社会の中で自分の居場所が薄れていくような感覚」に変わり得るのです。

グループの一員である元看護師は、ようやくスケジュールに縛られない生活を手に入れた喜びを語りました。水やりが必要な植物も、ケアを必要とする夫も、こなすべきシフトもありません。しかし、その解放感には、他者とのつながりや、自分にはできるという有能感の喪失という影が差していました。ある男性は、グループに向けて切実な問いを投げかけました。「最近、スマートテレビを買いに行こうとしたことはありますか?」

このライフステージにおける課題の一つは、時間に対する感覚の変化です。私たちは「時間が足りない」という焦りと、「持て余すほど時間がある」という感覚の間で揺れ動きます。起きる理由がなければ、自由は「報酬」というよりも、むしろ「空白(真空状態)」のように感じられてしまうのです。

マタリングという課題

これを乗り越えるためには、「死ぬまでにしたいことリスト(バケットリスト)」の先を見据え、「マタリング(自分の存在が誰かにとって意味を持っていると感じられること)」に焦点を当てなければなりません。マタリングとは、注目され、気にかけてもらい、そして何よりも「頼りにされている」と実感することです。ハートフォード基金との共同研究で、最も幸福な高齢者は、余暇が最も多い人ではなく、自分にとって大切な役割や関心の配分を調整し直した人々であるという結果が出ました。

もしあなたが今、この転機の最中にあるか、あるいは親の転機を助けているのなら、次の3つのシフトを検討してみてください。

1.「バックアップ・アイデンティティ」を育てる

私のパートナーは、生涯にわたってセーリングを愛してきた人でした。彼は91歳になったとき、体力的にもう自分の船を扱うことはできないと悟りました。しかし彼はアイデンティティの危機に陥る代わりに、「バックアップ」の役割に軸足を移しました。彼は彫刻家であり、独学でテクノロジーに詳しくなった人でもあります。コミュニティでは、彼は「1-800-リチャード(困った時のリチャード)」として知られています。彼はセーリングから彫刻へと活動の軸を移し、自分が社会と関わっているという感覚を保ちました。彼の経験は、私たちへの大切な示唆です。現在の活動が終わったときに思いがけず戸惑うことのないよう、今のうちに「バックアップ・アイデンティティ」を考えておくべき時なのです。

2. 小さな問題を解決する

マタリングを感じるために、大げさな振る舞いは必要ありません。高齢者施設に住む90歳の友人は、スタッフが食堂へ急ぐために生け垣を飛び越えようとして躓くのを目にしました。彼はCEOに舗装された通路を作るよう提案し、実際にその道が作られました。彼は単に安全性を高めただけでなく、自分が環境への「貢献者」であることを再確認したのです。

3. 相反する現実を受け入れる

私たちは、二つの真実を同時に抱えることを自分に許さなければなりません。死が近づいていることを自覚しながら、同時に鮮やかに生き抜くことは可能です。身体的な能力の低下を嘆きながらも、楽しみを追求し続けてもよいのです。

最後のフロンティア

90代の生き方に決まったレシピはありません。「私にはまだ目的があるか?」「何か遺産(レガシー)を残せただろうか?」といった問いに、永続的な答えが出ることは稀です。しかし、「マタリング」へと続くロードマップは明確です。社会に関わり続け、「招き・招かれる力」を活用し、そして他者に「自分は大切な存在なのだ」と感じてもらうことです。

私たちは皆、今や「エイジング・レベルズ(加齢に抗う者たち)」です。目標は単に人生に年月を加えることではなく、その年月が「意味のある人生」としての重みを持ち続けるようにすることなのです。

ナンシー・K・シュロスバーグ メリーランド大学名誉教授。

著書に『Too Young to be Old(老いるには早すぎる)』、『Revitalizing Retirement(退職後の再活性化)』、『Retire Smart, Retire Happy(賢く幸せな引退)』など10冊がある。

「バックアップ・アイデンティティ」という視点

今回の記事の中で、とくに印象的なのが、先生の語る “Backup Identity”―バックアップ・アイデンティティ という考え方です。

人は、ある役割に深く支えられて生きています。

  • 仕事人としての自分
  • 親としての自分
  • 専門家としての自分
  • 地域で頼られる自分
  • 趣味や活動を通じて表現される自分

しかし、人生が長くなればなるほど、どこかの段階で、その役割を手放さなければならない場面が訪れます。

  • 体力の変化
  • 家族関係の変化
  • 組織や社会との関係の変化
  • 病気や介護
  • 環境の変化

そのとき、これまでの中心的なアイデンティティだけに自分を預けていると、その役割を失った瞬間に、自分そのものが失われたように感じてしまうことがあります。

だからこそ、先生は「バックアップ・アイデンティティ」を育てることの大切さを語っているのだと思います。

これは、単に「趣味を持ちましょう」という話ではありません。

自分の中にある複数の可能性に気づくこと。
一つの役割が変化しても、別のかたちで自分を表現できること。
人生の後半においても、新しい関わり方、新しい貢献の仕方、新しい自分の居場所を見出せること。

そのような意味で、バックアップ・アイデンティティは、長寿時代のキャリア形成において非常に重要な視点だと感じます。

「小さな問題を解決する」ことの意味

もう一つ心に残るのは、先生が紹介している「小さな問題を解決する」という視点です。

マタリングを感じるために、大きな社会貢献や目立つ活動が必要なわけではありません。
身近な場所で、何かに気づき、それを言葉にし、少しだけ環境に働きかける。
それだけでも、人は「自分はまだこの世界に関わっている」と感じることができます。

これは、キャリア支援においても大切な視点です。

私たちは、ともすると「次に何をするか」「どのような目標を持つか」という大きな問いに向かいがちです。
しかし、その前に、

その人が今いる場所で、何に気づいているのか。
何を大切にしたいと感じているのか。
どのような小さな関わりなら、今の自分にもできそうなのか。

そこに目を向けることが、次の一歩につながることがあります。

キャリア形成は、必ずしも大きな転身や劇的な変化だけで形づくられるものではありません。
日々の小さな経験、小さな関わりや選択、小さな貢献の積み重ねの中に、「キャリア」があります。

相反する現実を抱えながら生きる

先生は記事の中で、もう一つ大切なことを述べています。
それは、相反する現実を同時に抱えることを、自分に許すということです。

年齢を重ねる中で、できなくなることが増える。
けれども、まだ楽しみを求めてよい。
死が近づいていることを自覚する。
けれども、今この瞬間をいきいきと生きてよい。

これは、高齢期だけに限らない、人間の生き方そのものに関わる言葉のように感じます。

私たちは、いつも一つの感情だけで生きているわけではありません。

  • 希望と不安
  • 誇りと後悔
  • 自由と孤独
  • 喪失と可能性
  • 終わりと始まり

それらは、どちらか一方を選ぶものではなく、同時に抱えながら生きていくものなのだと思います。

キャリアカウンセリングの場でも、相談者の方はしばしば、相反する思いを抱えて来られます。

「変わりたい」と思いながら、「変わるのが怖い」と感じている。
「もう十分頑張った」と思いながら、「まだ何かできるのではないか」と感じている。
「手放したい」と思いながら、「失いたくない」と感じている。

その揺らぎを「矛盾」と捉えて急いで解決するのではなく、丁寧に聴き、その人が自分の中で抱えている複数の現実を大切に受けとめていく。その背景には、その人固有の心のエネルギーがあるからです。

そういった関わりにも、キャリアカウンセリングの大切な役割があるのではないでしょうか。

長寿時代のキャリア支援へ

人生100年時代という言葉は、すでに広く使われるようになりました。
しかし、長く生きることが現実になればなるほど、私たちは新しい問いに向き合うことになります。

退職後をどう過ごすか。
役割が変わった後、何を支えに生きるか。
体力や環境が変化する中で、どのように自分らしさを保つか。
そして、どのように「自分はまだ大切な存在である」と感じられるか。

シュロスバーグ先生の今回の記事は、その問いに対して、単純な答えを示しているわけではありません。
むしろ、90代の生き方にも決まったレシピはない、と先生は語っています。

けれども、道筋はあります。

社会に関わり続けること。
誰かを誘い、また誰かから誘われる関係を大切にすること。
そして、他者に「あなたも大切な存在です」と感じてもらうこと。

これは、私たちキャリアカウンセラー、キャリアコンサルタントにとっても、大切な実践の方向性を示しているように思います。

人が、自分の経験の意味を見出すこと。
自分の中にある可能性に気づくこと。
社会とのつながりをもう一度感じること。
そして、自分もまた誰かにとって大切な存在であると感じられること。

その支援は、若者にも、働く世代にも、退職後の世代にも、人生の終盤にある人にも必要です。

キャリア支援は、人生の一時期だけに関わるものではありません。
生涯にわたって、人と社会とのつながりを支える営みなのだと、あらためて感じます。

おわりに

96歳のシュロスバーグ先生が、今なおご自身の経験を通して問い続け、言葉を届けてくださっていることに、深い敬意を覚えます。

先生の言葉は、決して高齢期だけに向けられたものではありません。

私たち一人ひとりが、変化の中でどのように自分を捉え直すのか。
自分の役割が変わったとき、どのように新しい関わりを見出すのか。
そして、誰かにとって、また社会にとって、「自分も意味ある存在である」と感じながら生きていくにはどうすればよいのか。

その問いは、すべての世代に開かれています。

JCDAでは、こうした問いに定期的に向き合う機会として、「キャリアドック」にも取り組んでいます。キャリアドックは、いわばキャリアの“定期診断”です。日々の仕事や生活から少し離れ、キャリアカウンセラーと語りながら、自分の強みや課題、ありたい姿、そして社会とのよりよい関わり方を見つめ直していきます。

シュロスバーグ先生が語る「退職後に続く数十年」という問いは、まさに、人生の節目ごとに自分の経験や役割を見つめ直すことの大切さを示しているように思います。年齢を重ねる中で、役割も、環境も、自分自身の感じ方も変化していきます。だからこそ、ときどき立ち止まり、自分の経験の意味を確かめ、これからの関わり方を考える時間が大切になるのではないでしょうか。

シュロスバーグ先生から届いた今回のメッセージを、ぜひ多くの皆さまと分かち合えれば幸いです。

日本キャリア開発協会(JCDA)
理事長 佐々木 好