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「今のあなたには価値がある」
誰もが自分らしく生きられる社会を

JCDAでは、がんなどの疾患経験者の働く・生きるを応援するため、治療と仕事の両立支援事業「りぼら」に取り組んでいます。新連載の第1回ゲストは、そのプログラムに患者として参加してくださった島津智子さんです。島津さんは、米国のキャンサージャーニーコーチングを日本に導入し、病気経験者の「成長と変容」に焦点をあてた革新的なメンタルヘルスケアを行っています。その取り組みとミッションをぜひ知ってください。

スプラメンター株式会社 代表取締役社長
キャンサージャーニーコーチ/ピアサポーター
島津 智子さん

日本キャリア開発協会(JCDA)
理事長
佐々木 好

「世界の架け橋になる」が中学校の頃からの軸

島津さんは、脳腫瘍などの病気を経験された方のメンタルヘルスケアなどに取り組んでいらっしゃるとのことです。そこに至る経緯をお教えください。

司会:JCDA事務局長 原 洋子

島津 私は、中学校の頃から「世界の架け橋になる」という軸をずっと大切にしてきました。きっかけは、父の米国ボストンへの出張に同行したことです。ボストンには大学が多く、学生街の雰囲気でした。子ども心に「私もこんなところで勉強してみたい」と思いました。ただ実際には、日本の中学・高校に進学しました。それでも「行ってみたい」という気持ちは消えず、高校2年生からTOEFLの勉強を始め、ボストンの大学に進学できました。小規模な私立大学ですが、幅広い分野の知識や思考力を学べるリベラルアーツが魅力でした。学びたかったのは社会学、特に移民学です。なぜなら、異文化交流に興味があったので、高校生の時にオーストラリアとの交換留学制度でホストファミリー募集に応募し、アボリジニを迎え入れたのですが、文化・考え方・暮らし方が日本とあまりにも違っていてカルチャーショックを受けたからです。

佐々木 大学生活はどうでしたか。

島津 アジア、中南米、ヨーロッパ、アフリカなどさまざまな地域から学生が集まっていて、知的好奇心がすごく刺激されました。卒業後も現地のアパレルのカスタマーサポートで働きましたが、リーマンショックで景気が悪化し就労ビザが取れず、帰国しました。日本での就職活動には苦労しましたが、ベルトラ株式会社(当時はアラン株式会社、2012年に社名変更)に就職できました。同社は、海外オプショナルツアーを日本で初めてインターネット販売した企業です。

佐々木 どのようなお仕事をされていたのですか。

島津 カスタマーサクセス(顧客が成功体験を得られるような支援)や、海外拠点におけるチームづくりなど、経営企画に関する業務を担当していました。非常にやりがいがありましたが、2018年に退職し、台湾の会社に転職しました。

佐々木 その後はどうされたのでしょうか。

島津 ベルトラの創業者であり、すでに退任してルクセンブルクで起業されていた荒木篤実さんから「新しい事業を始めるので手伝ってくれないか」とお声がけいただきました。ミュージアムのeチケットを販売してスマホで入場するサービスを展開する会社の、日本・台湾支社づくりです。私は、人と人、人とサービスをつなげることに価値を感じていますので、そのお誘いを受けました。とても難しくたいへんな任務でしたが、無事成功することができました。ただ、「さあ、これから」という時に新型コロナウイルスでロックダウンになってしまいました。私はルクセンブルクで部屋に閉じこもる生活が続きました。

佐々木 それはさぞたいへんだったかと思います。

ルクセンブルクで体調異変 脳腫瘍の診断に恐怖と不安の日々

島津 体調の異変に気づいたのはその頃です。感情のコントロールが利かなくなり、理由もなく涙が流れる。常に頭が痛く、胃腸も痛い。薬を飲んでも改善しない。当初は新型コロナによる精神的な落ち込みかと思いましたが、会議中に意識を失うこともありました。その話を聞いた妹の強い勧めで、帰国することにしました。

佐々木 そうだったのですね。

島津 帰国1週後に緊急搬送され、画像検査の結果、脳に5cm ほどの腫瘍が見つかりました。脳腫瘍の中でも珍しい乏突起膠腫で、すぐ入院となりました。手術は意識のある状態で行う覚醒下手術とのこと。とても孤独ですごく怖かったです。

佐々木 それは怖いです。

島津 しかも、覚醒下手術は患者も参加する必要があるため、練習が必要でした。開頭した状態で、計算をしたり、腕を動かしたり、物の名称を答えるなどのテストをして、言語機能や運動機能が損なわれないようにするのです。手術後も、放射線治療のために毎日通院しました。2020年10月に手術をして、放射線治療が終わったのが2021年2月くらいです。

佐々木 半年近くですね。

島津 さらに、「手術すれば元気になれる」と思っていたのに、毎日、後遺症に悩まされました。当時は洗濯物をたたむこともできませんでした。また、これは今でもですが、パソコンやスマホの画面を見ると吐き気がします。忘れっぽくもなりました。聴覚・視覚過敏により、電車や自転車にも乗れなくなってしまいました。ですから、仕事を続けることはためらわれました。営業の仕事でしたから、大切な場でミスをしてはいけないからです。自分の能力にも自信が持てなくなり、退職しました。でも、仕事が生きがいと思うくらい打ち込んでいましたので、悩みはさらに大きくなりました。
そんな時に知ったのが、JCDAの「りぼら」です。

2021年11月のりぼらイベントに参加してくださいましたね。

島津 再就職しようかどうかとモヤモヤしている時にインターネットで見つけました。「りぼらって何?」と思ってサイトを読むと、「以前と同じように働けるのだろうか?」「どのタイミングで仕事に戻れるのか?」など、治療から仕事への過渡期に悩んでいる人向けのサービスが掲載されています。「まさに今の私だ!」と即座に参加を決めました。その後、りぼらのプログラムで原さんに出会い、自分の軸を思い出すことができました。

そうでしたね。

島津 りぼらには何かと助けられました。なかでも感激したのは、4~5人のクラスメイトの中に、私と同じ脳腫瘍を罹患している仲間がいたことです。脳腫瘍の経験者に会ったのは初めてで、しかも同い年の女性。とてもうれしく、今でもすごく仲良しです。

佐々木 私たちの活動は必要な人に届けたいのですが、非常に難しいのが現実です。偶然見つけていただいたのでしょうが、そう言ってくださるとうれしく感じます。

島津 その頃は、「どう働いていいかわからない」「今の自分に何ができるのかわからない」という状態でした。それを相談したら、「何の仕事を何分間できたか、記録に残しておくといい」と助言いただきました。できることを記録して数値化するのです。あれには本当に救われました。なんとなく「できない」と思っていた状態から、「私はこれくらい働けます」と言えるようになりました。

佐々木 記録をとって言語化・見える化することは、自分自身の気づきにもなりますね。過去の自分と比較して、今の自分がいかにマイナスになったかをカウントするよりも、できることに焦点をあてることは大切です。でも、ご本人にとっては難しいですよね。

島津 そうなんです。「私にもできることがある」と思えるようになったのは、りぼらのおかげです。

佐々木 りぼらには働く自分を取り戻す「しごと体験」というリハビリテーションがありますが、島津さんは何をなさったのですか。

島津 JCDAのサイトを見て、改善すべき点の指摘と、体験記の作成、FAQの作成です。仕事時間や休憩時間のログをとりつつ、画面を見ることによる吐き気の軽減方法も試すことができました。

「輝く人」が増えるように 米国のプログラムを日本に導入

りぼらの参加時に、米国のプログラムにも参加されているとうかがいました。

島津 はい。英語でネット検索をしたら、世界中の脳腫瘍の罹患者が集まる団体を見つけ、Eメールのサブスクリプションを登録しました。すると自宅に雑誌が届いたので読んでみたところ、カリフォルニア大学サンフランシスコ校脳腫瘍センター(以下「UCSF」という)が行っているプログラムが紹介されていました。その内容が素晴らしくウェビナーにも参加したら、メールアドレスが記載されていました。早速、「私は日本在住だが非常に困っている」とメールしたところ、「カンファレンスコール(遠隔会議)をしましょう」と提案してくださったのです。UCSFからは脳外科医とプログラムマネジャーとナースの3人が出席して、お話しすることができました。3人はUCSFのプログラムを作成した方々で、そのミッションやバリューを教えてくださいました。私は感激して「私もプログラムに参加したい」と口走ってしまいました。「UCSFの患者向けだから」と断られそうになりましたが、「日本にも同じ問題があるなら特別に入れてあげましょう」と、参加することができました。今でも外国人は私一人です。

佐々木 とてもパワフルで、行動力がありますね。すごいです。

島津 向こう見ずなんです。

佐々木 プログラムに参加されていかがでしたか。

島津 モニター越しにいろいろな脳腫瘍の方と出会いましたが、感動したのは、皆さんがキラキラしていることです。そして、「私たちはスライバーだ」と言うのです。

佐々木 スライバー?

島津 「輝く人」という意味です。自分の人生に目標を持ち、それに向かって成長し続けるという想いを持っているとのことでした。

佐々木 素晴らしいですね。

島津 そうなんです。「私もスライバーになるぞ!」と決意しました。

佐々木 どうすればスライバーになれるのでしょうか。

島津 キャンサージャーニーコーチングというプログラムがあり、心理・メンタル・スピリチュアルへのアプローチによって、がん経験者がパニック状態からパワフルな自分に変容するような気づきを導いています。それで私が気づいたのは、ありのままの自分を受け入れ、自分の力を信じることです。容易ではありませんが、受け入れて初めて自分を信じることができ、その先の人生に希望が持てるのだと思っています。

島津さんががん経験者などを支援されているのは、そうしたご経験があるからなのですね。改めて事業内容をお聞かせください。

りぼらプログラムを受けて

本当に助けられました

島津 まず、会社を立ち上げる前の2022年7月に「脳腫瘍サバイバーケアプログラム360°」を創設しました。これは、UCSFの最先端のサポートモデルを日本に初めて導入したもので、UCSFに全面的にご支援いただきました。脳腫瘍に関わる患者さんやサバイバー、ケアギバー(患者さんの身の回りの世話やサポートをする人)の一人ひとりを360°あらゆる面からサポートし、病気になったからこそ得た新たな価値観を糧に、もう一度人生の一歩を踏み出す手助けをしようとするものです。一人ひとりの最適な時期に最良なケアを提供するため、多職種の専門スタッフがチームとなり、医療機関ではカバーしきれないサバイバーシップ(治療を終えて病と共に生きていく期間)の長期的・総合的なサポートを提供しています。日本では医療機関だけを頼りがちですが、米国のように、民間企業との協力でより迅速かつ効率的・効果的なケアをするためです。患者・サバイバー・専門家が一緒に話せるサポートミーティングも定期開催しています。

佐々木 そのプログラムで、日本でもスライバーの方が増えていくといいですね。

島津 私が追い詰められていた時に、UCSFのプログラムに出会って生きる意義を見つけられたので、その恩恵をアジアの方々にも届けたいと強く思っています。

佐々木 まさに「世界の架け橋」ですね。

島津さんもコーチングの資格を取得されたのですよね。

島津 Cancer Journey Institute認定のキャンサージャーニーコーチの資格を取りました。スライバーになるためには、治療だけではなく、その先の人生に向けて必要とされるものがあります。コーチングでは、「キャンサージャーニーロードマップ」を用意し、医療機関では補完できない道筋を示しています。私自身、その道筋に光を見出すことができました。

佐々木 日本で初めての資格取得者ですか。

島津 そうです。

ほかの事業も紹介していただけますか。

島津 オンラインによるメンタルヘルスケアを行っています。皆さんに共通する悩みは心の問題だからです。脳腫瘍の場合は後遺症でうつ病になることもあります。私も治療時は目の前のことで精一杯でしたが、それが終わると先の人生の不安や恐怖に襲われ、すごく辛い思いをしました。しかし一方で、病気のことを理解できるカウンセラーはなかなか見つけられません。ですから弊社では、さまざまな専門スタッフが連携しています。具体的には、私のほか、心理士、ピアサポーター、オーガニック美容・カウンセラー、そしてキャリアカウンセラーなどが挙げられます。

佐々木 オーガニック美容・カウンセラーとは?

島津 病気や治療で肌のトラブルや外見の変化に悩む方々に対して、自分に合ったメイクアップを学んでいただき、自信を取り戻していただけるように支援する専門家です。メイクは自己肯定感を高め、自分らしさや新しい自分を発見し、心の支えにもなります。

言語化・見える化することは

自分の気づきにもなりますね

佐々木 本当に多方面からケアなさっているのですね。何かこだわりなどはあるのでしょうか。

島津 社名の「スプラ」はラテン語で「卓越した」「超えて」という意味です。「メンター」はご存じの通り、「助言者」「支援者」です。向かう先の人生が見えるようなサービスを提供したいという想いを込めました。弊社のミッションは、最先端の医療機関と平行して、病気を経験した一人ひとりの心を360°包み込むメンタルサポートを提供し、人生に寄り添い続けることです。

佐々木 治療だけが人生ではありませんからね

島津 罹患経験者は「不幸な人」ではなく、個性の一つ、自分らしさの一つだと考えています。

佐々木 病気の面だけを捉えられがちですよね。

島津 ですから弊社では、罹患したことで新しく変わった個々の存在が、意義ある個性として受け入れられる社会になることをめざしています。

佐々木 素晴らしい! でも、現実には難しいこともありそうです。

島津 設立まもない小さな会社ですので、まずは認知をどう広めていくかが課題です。SNSについても猛勉強しましたので、さらにチャレンジしていくつもりです。

佐々木 新しく考えていらっしゃる取り組みはありますか。

島津 日本在住の外国人の方にも対象を広げ、英語でのサービスを始めました。また、写真やイラストなどを切り貼りするコラージュセラピーという心理療法を、すでに対面で始めています。このセラピーは、作品から心の状態を読み解けますので、新たな気づきや癒やしを得られます。すべてオンラインで作成する新たな取り組みもスタートしています。

佐々木 人によって興味・関心が異なりますので、サービスをメニュー化するといいかもしれませんね。また、たとえばキャリアカウンセリングにおけるすごろくゲームのように、本サービスの手前で関心を誘うような何かがあればいいのですが……。

島津 「人生すごろく『金の糸』」は家族でしました。すごく面白く、コミュニケーションが活性化し、褒めてもらえるので温かい気持ちになります。弊社でもイベントを考えているところです。

佐々木 いいですね。島津さんは「世界の架け橋」という軸をお持ちですが、私たちはそれに相当するものを「金の糸」と呼んでいます。過去・現在・未来につながる人生の支えになるものです。すごろくゲームはそれを言語化するお手伝いですが、島津さんの会社でもサービスと組み合わせて実施していただくとうれしく思います。

島津 たしかに、サービスへの導入としてはいいかもしれません。

佐々木 キャリアカウンセリングでも「きちんと相談しなければ」と思われがちですが、すごろくゲームはハードルが低いので参加してくれやすい傾向にあります。

今後に向けて何か想いはありますか。

島津 病気になった方々に一番伝えたいのは、「今のあなたには価値がある」ということです。重い病気は、外見、仕事、お金など、他者からわかりやすく評価できることを強制的に奪い取ります。私自身、「私にはもう何もない」「私には価値がない」と何年も苦しみました。けれども、「自分は変わっていない」と思えるようになったら、自分の価値を信じられるようになり、他者からの評価が気にならなくなりました。玉ねぎに例えれば、他者評価は外側の皮で、自分の価値は玉ねぎの芯です。その芯はずっと自分の中にあって変わりません。コーチングなど第三者のサービスを上手に活用して、自分の価値を大事にしていただければと思います。

佐々木 誰にでも、自分のことを信じられなくなる時期があると思います。でも、本人すら信じていない自分の価値を、私たちキャリアカウンセラーは「ある」と信じています。島津さんもそうだと思います。信じている人が存在することを、皆さんにはぜひ知っていただきたいですね。

キャリアカウンセラーへのメッセージもお願いします。

島津 日本はまだ縦割りの社会ですが、横のつながりができれば、必要としている人に必要なサービスを早く届けられるはずです。読者の皆さんとは持っている資格やスキルが違いますが、「こうしたい」という想いはおそらく同じだと思います。ぜひ協力して、みんなが自分らしく生きられる社会をつくりましょう。

佐々木 本日は勇気をいただくお話をありがとうございました。私たちにできることはサポートさせていただきたいと思います。

(取材:2025年6月11日)