ますます期待の高まるキャリコン
自己研鑽を自信に変えて活躍を
キャリアコンサルタントの育成、キャリアコンサルティングやジョブ・カードの普及促進など、個人のキャリア形成支援を主な施策とする厚生労働省のキャリア形成支援室。今回のゲストは、その室長を務める佐藤悦子さんです。キャリアコンサルティングをめぐる状況やお考えについて、大原理事長と幅広くお話しいただきました。
厚生労働省 人材開発統括官
若年者・キャリア形成支援担当参事官付
キャリア形成支援室長
佐藤 悦子さん
日本キャリア開発協会(JCDA)
理事長
大原 良夫
ハローワークの職員が 求職者の役に立つために
はじめに、佐藤室長のご経歴を お聞かせください。
佐藤 中央省庁再編前の1992年に心理職として労働省に入省し、主にハローワークに関わる仕事に携わってきました。業務指導や情報システム関連などです。政策面では、外国人・地域・高齢者・障害者などの雇用対策に関する政策立案や事業運営などを担当してきました。主な経歴としては、石川労働局職業安定部長、久留米市協働推進部男女平等推進担当部長、広島労働局職業安定部長、厚生労働省職業安定局障害者雇用対策課主任障害者雇用専門官などが挙げられます。
大原 そうした中で、キャリアに関心を持たれたきっかけは何でしょうか。
佐藤 直接的なきっかけは、地方現場の管理職になったことです。最初の地方管理職としての勤務は石川労働局で、ハローワークの業務を統括する役割を担いました。赴任は2004年でしたから、「標準レベルのキャリア・コンサルタント」制度が始まって2年ほど経った頃です。当時は、ハローワークの職員でもその資格保有者はほとんどいませんでした。本省から資格取得を勧めるようにと指導されていましたので職員に勧奨していましたが、私がそれ以上に関心を抱いていたのはハローワークの存在意義です。
大原 どういうことでしょうか。
佐藤 当時はバブル崩壊とリーマン・ショックの間の時期で、景気は上向き、求人倍率も非常に高い状況でした。同時に、「ハローワークの職員が求職者および求人者にいかに役に立てるのか」を問われた時期でもありました。マスコミに批判されることもありました。もっとも、私自身も同様の問題意識を強く抱いていました。「この仕事に応募したい」と望む求職者に対して単に会社を紹介するだけではなく、きちんと相談を受けてアドバイスができることが非常に大事だと考えていたのです。今振り返ると、そうした問題意識がキャリアやキャリアコンサルティングへの関心につながっているように思います。
大原 そうなのですね。室長が抱いていた問題意識は、何らかの具体的な対策として講じられたのでしょうか。
佐藤 職員研修に力を入れました。相談業務は求職者と職員とが1対1で行うため、対応の優れた職員の技能やあり方が共有されていなかったからです。一方で、「はたして今日の対応で良かったのだろうか?」と不安を抱く職員にとっても、他の職員にアドバイスを求める機会が設けられていませんでした。ですから、初めての研修では、自分たちが実際に求職者とやりとりした記録を持ち寄って意見交換する場を設けるよう企画しました。
大原 逐語録による事例検討みたいですね。
佐藤 まさにそうです。キャリア形成支援室長になって初めて、あの時の研修が事例検討と同じだということに気づきました。
大原 そうですか(笑)。その研修の意図は何だったのですか。
佐藤 当時はキャリアコンサルティングという言葉を意識していたわけではありませんが、現在キャリアコンサルタントに求められている力を職員に身につけてもらいたかったのです。
大原 職員の方々の反応はいかがでしたか。
佐藤 実施前は「えっ?そんなことをやるんですか?」という職員もいたようですが、事後アンケートでは「非常に参考になった」という意見を多くいただきました。
「きめ細かい支援」とは 「人に寄り添うサービス」とは
自分の対応を振り返って能力を向上できる機会を得られたことは、職員の方々にとってありがたかったでしょうね。
佐藤 でも、そうして職員の対応能力を高めていったとしても、「ハローワークの職員が求職者および求人者にいかに役に立てるのか」という社会的問いに答えられているわけではありません。国の機関として対外的に「ハローワークはこのように役に立っています」「ハローワークではこうした支援を受けられます」ということをわかりやすく社会に伝える必要があります。ただ、その回答を職員に求めると、「きめ細かい支援をしています」程度の言葉しか返ってきませんでした。
大原 きめ細かい支援……。
佐藤 そんな抽象的な一言で片づけてしまっては、何も言っていないのも同然です。ですから、「きめ細かいとはどういうことか」をきちんと説明できるようになろうよと呼びかけてきました。
大原 言語化ですね。私たちもキャリアカウンセラーである会員から「人に寄り添うサービスをしたい」という希望をよく聞きますが、「人に寄り添うサービスとは何か」までは考えが及んでいないケースがありそうです。
佐藤 そうしたことはよくありますね。セミナーや記事などでも流行の決まり文句を見聞きすることがありますが、「それは具体的にどういうこと?」と考えてもわからないことが多々あります。私は、そういう中身のない説明が嫌いなんです(笑)。
大原 嫌いなんですね(笑)。逆に言えば、言語化のプロセスを経ることによって課題が見えてくるような気がします。
佐藤 そうですね。ハローワークの現場は職員の技能に支えられています。相談業務に限らず、各々が担当する業務において、自分の課題と向き合って一つひとつ解決していくように取り組んできたつもりです。
大原 当協会にも公的機関で相談業務にあたっている会員がいますが、「時間の制約があるのでじっくりと話を聴けない。もっと丁寧なサービスをしたい」という意見もあります。私も以前はじっくりと話を聴くのが望ましいと思っていました。ただ、最近は考えが変わって、「手短に紹介だけしてほしい」という求職者がいるのであれば、そのニーズに応えることも大事ではないかと思っています。
佐藤 求職者の目的がはっきりしているのであれば、そのニーズを素早く汲み取って効率的に対応・支援するのが望ましいかもしれません。でも、本人が気づいていない問題があるかもしれませんので、求職者がじっくりと相談できて専門的な支援を受けられるサービスにつなぐことも大事かと思います。
大原 たしかにそうですね。
佐藤 たとえば、「この会社で働きたいので紹介してください」と望む求職者がいたとします。ただ、その人がいつもその繰り返しで不採用になっていれば、職員が「今のままでは難しいかもしれない」と気づいて、たとえば就職支援セミナーや職業訓練を提案するなど、その人に合ったサービスにつなげていくことが大切です。そのためには、職員が経験とノウハウを蓄積し、一定以上の能力を身につけておく必要があります。それができなければ本当の支援にはなりません。
大原 そうしたことにこだわっている姿勢をうかがえて、非常にうれしく思います。
佐藤 人は、気づこうとしなければ気づけません。相談業務に限りませんが、「マニュアルに書いてあるから、その通りにやればいい」「上司からこう言われたから、こうすればいい」などの姿勢で働いていては、気づくことはできないのです。自分で考える必要があります。
一定以上の能力がなければ
本当の支援にはならない
大原 まったくその通りですね。
佐藤 お店の店員さんの対応と同じです。店員さんにとって、1人のお客さんは、多くのお客さんの中のごく一部です。でも、お客さんにとっては、1人の店員さんの対応がお店に対する評価と直結します。ほんの些細なことでも不愉快な思いをしたら、二度とそのお店に行きたくないと思うかもしれません。ましてハローワークは、多くの人にとっては人生で何度も訪れる場所ではありません。その時にどのような対応を受けるかによって、ハローワークのイメージが決定づけられてしまいます。ですから、職員向けの研修などでは、「求職者がたまたま引いた番号札で呼ばれた相手があなただとします。その時、あなたは全国のハローワークの代表になっているんですよ。それを自覚するようにしてください」とお話ししてきました。
大原 本当にそうですね。
セルフ・キャリドック制度の 継続・定着に向けて
そうした現場を経験されて、現在は国の政策や重要課題に取り組むお立場かと思います。キャリアコンサルティグを巡る現状についてはどのようにお考えですか。
佐藤 今まであった仕事がなくなったり、人手が足りなくなってしまう業界があったり、産業構造は目まぐるしく変化しています。求職者の皆さんには、そうした世の中の労働市場の状況にしっかりとアンテナを張って把握・理解していただいた上で、納得のいく職業選択や能力開発をしていただければと思います。そのために、ご本人の思いを引き出しながら相談対応や助言などを担うキャリアコンサルタントは非常に大事です。「キャリコンがんばれ」といつも心の中で思っています。同時に、「今のキャリコンがはたして役割を担えているだろうか」との問いかけもしています。
大原 私どもにも問いかけていただきました。
佐藤 私たちも「できています」と言いたいところですが、先ほどの「きめ細かい支援」と同様、「どのようにできているのか」を社会に伝えるべきだと思います。そのためにも、「このような現場でこのような支援を行っている」という情報を、JCDAさんをはじめとする職能団体の皆さんに、私たちが積極的にお聴きする取り組みをしなければいけないと考えているところです。
大原 それに関連して、おうかがいしたいことがあります。キャリア形成支援室では、セルフ・キャリアドックを含め、企業内のキャリア支援に力を入れていることと思いますが、室長から見て、企業内キャリア支援はどのように映っていますか。
佐藤 企業においては、人材の力を引き出していかに事業に発揮してもらうか、また、人材確保という課題をいかに解決するかが重要視されます。ただ、企業によって取り組み状況が大きく異なり、先進的に推進している企業もあれば、いまだに「キャリコンをしたら社員が退職してしまうのでは?」と連想する企業もあります。ですから、「当社ではこのような能力を必要としていて、こういうキャリア形成ができる」ということを経営者が示し、従業員の方々と対話をしながら一人ひとりの能力を生かす方法を一緒に探っていくことが大切です。キャリア形成支援室としては、まず、その必要性を皆さんにご理解いただくことが大事だと認識しています。また、すでに取り組んでいる企業の担当者に話を聴くと、「キャリコンの成果を見える化することが課題」と言われることが多いので、私たちも何らかの対策を考えなければといけないと思っています。
大原 ある大手企業のキャリア相談室の担当者は、相談室設置当時は「誰も相談に来ない」ことが悩みだったけれど、今は「相談者が多すぎる」ことが悩みだと言っていました。私が「喜ばしいことですね」と言ったら、その人は「いや、相談者が増えたということは、悩んでいる従業員が多いという証拠だから、会社としては喜ばしくないんだ」と言うのです。
佐藤 悩みの内容にもよりますが、考えるきっかけになる場をつくることは大事かと思います。
大原 「考える場」が制度として定期的に定着すれば、キャリアコンサルティングの推進にもなるはずなのですが。
佐藤 それがまさにセルフ・キャリアドック制度で、個々の悩みについては守秘義務があるものの、全体傾向がつかめれば自社の課題発見の糸口になりますし、人事制度を改善する仕組みの一つにもなります。従業員にとっても、自分の不安を解消したり、キャリアを考えたり、リスキリングにつながったりするきっかけになります。ただ、そうした効果をなんとなく感じていても、明確に説明して経営陣の理解を得ることが難しいという人事担当者の声を聴くこともあります。
大原 効果のあることがわかっているだけに、もどかしいですね。
佐藤 私たちもセルフ・キャリアドックの活用事例をウェブサイトで公表していますが、いずれも導入直後のケースを紹介しています。できれば、その後どのように定着・継続しているかについてもフォローアップして、周知していく必要性を感じています。
「考える場」が定着すれば
キャリコンの推進になるはず
周知という意味では、今年度はグッドキャリア企業アワードが実施されますね。
佐藤 はい。隔年実施ですから、今年度は実施いたします。
大原 知らない会員がいるかもしれませんので、簡単にご説明いただけますか。
佐藤 従業員の自律的なキャリア形成支援について模範となる取り組みを行っている企業・団体を、厚生労働省が表彰する施策です。そうした企業等の理念や取り組み内容、効果などを広く発信・普及することで、キャリア形成支援の重要性を社会に広めて定着させることを目的としています。毎回、10~15社ほどが表彰されています。
大原 企業内キャリアコンサルタントはぜひ参考にしていただきたいですね。
協働・情報共有・相互研鑽など キャリコンのつながりを大事に
双方から何か期待やご要望はありますか。
大原 厚生労働省では各種の調査報告書をまとめられていますが、「キャリコンはこれほど活躍している」という趣旨の調査報告をまとめていただけると、キャリアコンサルティングの周知・定着ができるとともに、当会の会員の背中を押していただけるように思うのですが、いかがでしょうか。
佐藤 そうした情報収集面は今後の課題の一つだと考えていますので、貴重なご提案と受け止めて尽力したいと思います。ただそのためには、現場の皆さんの情報提供が不可欠です。JCDAさんにはぜひ情報を集約していただき、当方にご提供いただければと思います。
大原 わかりました。キャリアコンサルティングの有用性が広く社会に受け入れられるよう、情報提供できるようにがんばります。
佐藤 現場でがんばっている方々のご活躍をぜひお知らせください。
大原 話は変わりますが、2024年4月現在で約7万2000人のキャリアコンサルタントがいます。ただ、必ずしもそれに見合った活躍の場が用意されているわけではなく、会員から「将来について国はどう考えているのだろう?」という疑問の声も聞かれます。私たちとしては「自分で開拓することが大切」だとも考えていますが、いかがお考えでしょうか。
佐藤 キャリアコンサルタント資格はさまざまな立場・職種の方が保有していて非常に幅が広いので、「この分野でご活躍ください」と限定するのは難しい状況です。また、国家資格ではありますが、資格を取得したからといって知識や能力がそれで十分だということが保証されるわけではありません。むしろ、専門家への入口として捉え、取得後にさまざまな経験を積み、能力向上をはかっていただければと考えます。そのためには、スーパービジョンを受けて技能を磨いていく必要もあるでしょう。今、フリーランスとして活躍されているキャリアコンサルタントの方々も、さまざまな経験を積みながら鍛錬されてこられたはずです。
大原 そうですね。フリーランスとして独立して仕事を請け負えるようになるまでには、相当な努力をされてきたかと思います。
佐藤 もし「資格を取ったのだけど仕事がない」と思っている人がいるとしたら、まず「資格取得のために勉強した知識や技能をどう生かそうと思っていたのか」を思い起こすといいかもしれません。
大原 資格取得の動機ですね。自分が何をしたいかをよく考えることが大切ですね。
長年フリーランスとして活躍されてきた会員によると、最近は1人で請け負える仕事が減っていて、複数人でないと対応できない依頼案件が増えているようです。
佐藤 そういう意味では、キャリアコンサルタント同士のつながりがすごく大事ですね。協働はもちろん、仕事に関する情報共有やお互いの研鑽のためにも、人とのつながりを大事にしてください。その点、JCDAさんのピアトレーニングはすばらしい取り組みだと思います。
大原 キャリアカウンセリングは自己流になりやすいので、スポーツジムでのトレーニングのようなイメージで始めました。草の根的な取り組みですが、年間延べ4,000人ほどが受けています。参加費無料ですし、3時間のプログラムなので参加しやすいようです。
佐藤 参加ハードルの低い、草の根的な取り組みは、非常に価値があります。
大原 全国どこでも何回でも受けられることも利点です。
佐藤 今年からはキャリアドックも始められたそうですが、第1期の反応はいかがでしたか。
大原 利用者は会員が中心でしたが、非常に好評でした。
佐藤 ウェブサイトを拝見しましたが、この5~6月に行う第2期も「満員御礼」と書いてありましたね。大原 ありがたく感じています。将来的には一般の方にも普及していくつもりです。
佐藤 今はまだキャリアに興味がない方にどう広めていくかが課題になりますね。
大原 仕事を中心とした相談などは企業内のキャリア支援などを活用できますが、「自分の人生全体を見たい」という人にはキャリアドックがお薦めです。キャリアドックをサードプレイスにしていただけるとうれしく思います。
佐藤 キャリアドックの担当カウンセラーに選ばれた方は、JCDAさんが「この人なら任せる」と評価された方ですから、資格を取得したばかりの人のロールモデルになるかと思います。担当カウンセラーの方が積んできた経験の道筋をご紹介すれば、きっと多くの皆さんの参考になるのではないでしょうか。
大原 たしかにそうですね。ご助言ありがとうございます。
最後に読者へのメッセージをお願いいたします。
佐藤 キャリアは人生そのものですから、何のつながりもない人のキャリアの相談に専門家として関わることは、非常に責任が重い役割だと思います。キャリアコンサルタントが発した言葉によって、相談者の人生に何が起こるかわからないのですから。ただ一方で、今、キャリアコンサルタントへの期待は非常に高まっています。そうした重要な役割の担い手として、継続的な自己研鑽に努め、それを自信に変えてご活躍いただければと願っています。そしてぜひ、そのご活躍の状況を積極的にアピールしていただけばと思います。
大原 本日は貴重なお話をありがとうございました。
(取材:2024年5月22日)