LGBTQのことを知って
環境調整の役割を担ってほしい
無意識の思い込みや偏見=アンコンシャス・バイアス。キャリアカウンセリングの場だけでなく、常日頃から気をつけるべきですが、無意識ですから非常に難しくもあります。今回のゲストは、LGBTQの方々を支援する認定NPO法人ReBit(リビット)代表理事の藥師実芳さんです。ご自身を振り返りながらご一読いただければ幸いです。
認定特定非営利活動法人ReBit
代表理事
藥師 実芳(やくし みか)さん
日本キャリア開発協会(JCDA)
理事長
大原 良夫
LGBTQの人もありのままで学び・働き・暮らせる社会へ
自己紹介を兼ねて、藥師様のご経歴をお聞かせください。
藥師 認定NPO法人ReBitの代表理事を務めております藥師です。社会福祉士、精神保健福祉士であり、キャリアコンサルティング技能士2級の資格も有しています。
ReBitは、2009年、私が20歳の時に立ち上げました。以来15年間、LGBTQの人もありのままで未来を選べる社会をめざして活動しています。主な事業は「学ぶ」「働く」「暮らす」の3つです。「学ぶ」という面では、企業・行政機関・学校などで、LGBTQやダイバーシティに関する授業/研修を約2,200回、22万人以上を対象に提供してきました。多様な性に関する教材も制作しています。「働く」という面では、LGBTQキャリア支援を行っています。これまで1万2000人以上を支援してきました。学びと重複する部分もありますが、企業と連携して研修やコンサルテーションも行っています。また、2023年よりキャリアコンサルタントの更新講習としてLGBTQやダイバーシティをテーマとした講座を実施したり、キャリア支援者向けの資材作成をしています。最後の「暮らす」については、福祉とまちづくりの2分野で活動しています。福祉面では、精神障害のあるLGBTQの方に向けた福祉サービスに取り組んでいます。一方のまちづくりでは、自治体におけるLGBTQへの取り組みが推進されるよう、担当職員の方に伴走して協力をしています。
現在、ReBitの拠点は東京と大阪の2ヵ所で、職員は25名、国内では最大級のLGBTQに関する取り組みを行う団体となります。
大原 ありがとうございます。JCDAでも「キャリアコンサルタントに求められる多様な性(LGBT等/SOGI)の理解と対応」と題したキャリアコンサルタント更新講習を行っています。それはある講師からの提案で実現しましたが、お恥ずかしながら私自身はそれまであまり知識がありませんでした。
藥師 更新講習に採用していただき、非常にありがたく感じています。キャリア支援者の皆さんがLGBTQを知ってくださるのは、働くこと・生きることに直結しますので、すごく感謝しています。多様な性のあり方に理解のある、いわゆる支援者・応援者のことをアライ(Ally)と呼ぶのですが、まさにアライへの第一歩だと思います。
読者に向けて、LGBTQの基礎知識をご説明いただけますか。
藥師 性のあり方(セクシュアリティ)は、4つの要素の組み合わせで考えられています。
(1) 法律上の性(戸籍など法律上で割り当てられた性別)
(2) 自認する性(性自認)
(3) 好きになる性(性的指向)
(4) 表現する性(性表現)
このうち、(3)性的指向(Sexual Orientation)と(2)性自認(Gender Identity)の頭文字からなる言葉がSOGIで、すべての人の性のあり方を考える際に使われます。このSOGIに関して、少数派とされる人を指すのがLGBTQです。レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー、クエスチョニングの頭文字からなります。レズビアンとゲイは性的指向が同性の人、バイセクシュアルは異性も同性も好きになる人です。また、トランスジェンダーは、出生時に法律で割り当てられた性と、性自認が異なる人を指し、クエスチョニングは、自身の性のあり方を決めない/決めたくない/わからない人を指します。私はトランスジェンダーで、出生時に割り当てられた法律上の性別は女性ですが、性自認は男性なので、男性として生活しています。
こうしたLGBTQの方々は国内の約3~10%という調査もあります。左利きの人あるいは血液型がAB型の人と大差ない割合です。ただ、自分がLGBTQであることを「言わない」「言えない」という人が多いため、たとえば職場では「いない」と捉えられがちであるのが現状です。
就活時に相談できず困っている人が大多数
LGBTQの方にはさまざまな面で困難があるかと思いますが、就労をめぐってはどのような困難がありますか。
藥師 私どもの2019年の調査によると、トランスジェンダーの約87%が、就職活動の選考時にセクシュアリティに由来した困難を経験しています。また、就活時にセクシュアリティに関する困りごとを就労支援機関に相談していないLGBTQは約96%です。つまり、相談できずに困っている人が大多数だということです。
困難は働き始めてからもあります。たとえば、新卒から3年間務めた人のうち、LGBTQの約9割の人が職場でハラスメントを経験しています。それによって失業や非正規雇用の割合が高まり、2人に1人は過去10年に生活困窮を経験しています。
職場のハラスメント等により、精神障害を経験している人も4割に上ります。精神障害がある場合は障害福祉サービスの利用対象者となりますが、障害福祉サービスを利用する際、87%がセクシュアリティに由来した困難やハラスメントを経験し、セーフティネットも安全に利用できているとは言えません。その結果、病状の悪化や自死につながることもあります。そのため私たちは、キャリア支援だけにとどまらず、二重のセーフティネットになるような福祉サービスを考えているところです。
大きな困難に直面されている人がほとんどなのですね。
大原 私自身、たとえば目の前に若い男性がいたら「彼女いるの?」と何気なく話してしまうかもしれません。もちろん悪気はありませんが、それ自体が偏見につながってしまいます。何らかのモノの見方・考え方が刷り込まれていることに、自分自身で強く感じます。
藥師 勝手にその人を異性愛者だと決めつけてしまうことも、まさにアンコンシャス・バイアスの一つですね。ただ、「彼女いるの?」と聞かれなければ、困らないというわけではありません。本質的な問題は、LGBTQであることが知られるとハラスメントを受けたり、それによって失業したりするリスクがあるなど、働く環境・生きる環境で理解や包摂の体制が整備されていないことです。ですから、個人だけでなく、組織も社会も変わっていく必要があります。
大原 本当にそうですね。ただ、昔に比べると法律や指針などが変わってきているように思います。
藥師 はい、社会はどんどん動いています。たとえば、2016年に厚生労働省が「公正な採用選考の基本」を改訂し、性的マイノリティなど特定の人を排除しないように記載がなされました。同じ年に「事業主が職場における性的言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置についての指針」も改正(適用は2017年)され、被害者の性的指向や性自認にかかわらず性的な言動の防止が事業主の努力義務になりました。2020年には労働施策総合推進法、いわゆるパワハラ防止法が改正され、SOGIハラスメント(以下「SOGIハラ」という)に関する防止策を組織として講じることが義務化されました。そして昨年、性的マイノリティに対する理解を広めるためのLGBT理解増進法が施行されました。それらの詳細に関する議論はさまざまありますが、以前に比べれば大きな前進です。ただ残念ながら、日本はG7で唯一、同性同士で婚姻できない国です。また、LGBTQへの差別を禁止する法律もありません。LGBT理解増進法は差別を禁止していませんので。
大原 ええっ、そうなのですか。
藥師 この数年で法律や制度における前進がありましたが、今後の取り組みとして期待されることは多々あります。
アライであることの可視化と 決めつけない領域の拡大
たとえ制度が変わったとしても、困難の実態が改善されるとは限りませんよね。
藥師 おっしゃる通りで、制度が変わっても社会が変わるわけではありません。私は、一人ひとりが暮らす半径5m以内が変わっていくことがすごく大事だと思っています。たとえば、働いている人なら職場の上司や同僚、お子さまなら学校の先生や保護者などです。もちろん、キャリアコンサルタントなど支援者の皆さんも重要です。環境調整することができるからです。
大原 社会に働きかけることは私たちの使命の一つですから、意識を向けておくべきだと思います。
藥師 それに関連して、昨年の調査結果をご紹介します。福祉や教育、医療などの分野の支援者を対象に、LGBTQに関する意識や状況をアンケートしました。それによると、支援者の約48%、ほぼ2人に1人はLGBTQの方を支援した経験があります。ただ、そのうち約90%が「十分または適切な対応ができなった」と感じています。その内訳としては、「困りごとが解消されなかった/解消されたかわからなかった」「どう支援していいかわからなかった」「十分/適切な情報提供やリファーができなかった」という回答が多く見られました。
支援者に対する支援も必要かと思われますが、いかがでしょうか。
藥師 その通りです。「どう支援すればいいか」と悩む支援者に対して、研修や教材を提供する必要があります。その点でも、更新講習に組み入れていただいたのはすばらしいことだと思います。
大原 ただ、相談をしてもらえなければ、私たちの存在価値すら疑問に感じてしまいます。藥師さんのように支援者が当事者であれば話すけれど、そうでない私たちには「本当のことを話しても、どうせわかってもらえない」と思われてしまいそうです。
藥師 当事者同士のピアサポートはたしかに大事で、それによってエンパワーメントされたり、居場所があると思えたりします。しかし、「自分はLGBTQでないので、LGBTQの支援はできない」ということはまったくありません。逆に、「自分もLGBTQだから、LGBTQの支援ができる」とも限りません。ReBitでも、LGBTQの支援者もLGBTQでない支援者も活躍してくださっています。大切なことは、「支援する力」と「LGBTQに関する知識」を持ち合わせていることだと思います。
大原 それを聞いて安心しました。「当事者同士でなければ理解できない」と思われているわけではないのですね。もし、支援の中で「わからないことがある」「難しい」と感じた場合には、私たちが相互にサポートできるようになれば理想的ですね。
「当事者でないと支援できない」
ということはまったくない
藥師 そうですね。実は私自身、キャリアコンサルティングに意義を感じた経験があります。それは新卒で入社した会社でSOGIハラを受けた時のことです。あるキャリアコンサルタントに相談したら、その人はLGBTQのことに詳しくありませんでしたが、「聴いて一緒に考えることはできます」と私の話を聴いてくださいました。それによって私は自分のことが整理でき、ReBitをNPO法人にして、フルタイムの仕事にする決断につながりました。キャリア支援者は、「LGBTQだから」「障害があるから」「外国人だから」という理由で支援への向き合い方が変わるわけではないと思います。もちろん、関連する知識は必要ですが、相談者に向き合ってその人の選択をサポートするという本質は変わらないと思います。
大原 そうですね。
藥師 環境調整においても、支援者が当事者であっても非当事者であっても、相談者の希望を聞き取りながら、ご本人のニーズに即して職場と調整をすることができます。
大原 なるほど、そういう面があるのですね。ただやはり、当事者でない支援者は、どこかで限界に達してしまうのではないかとも思ってしまいます。
藥師 たしかに、LGBTQであることを伝えたときの支援者の反応によっては、「もう二度と相談できない」「もうここには来られない」と思うケースや、支援者の言動がハラスメントであり二次被害が生じるケースもあります。だからこそ、少しでもLGBTQのことを知っていただくことが大事なのです。そうして「まずは傾聴して一緒に考える」というスタンスで支援していただければ、次の支援へのパスが途切れることはないと思います。
今後、キャリアに関する支援の方向はどうなっていくべきだとお考えですか。
藥師 キャリアコンサルタントの方は職場や学校、ハローワーク、地域の中にもいらっしゃいますので、ぜひアライになっていただき、環境調整の役割を担っていただければと思います。
大原 アライになるためには、どのようなことが求められるのでしょうか。
藥師 二つあります。まず、アライであることを表明し続けること。もう一つは、決めつけやアンコンシャス・バイアスをできるだけ持たないように意識づけることです。
大原 具体的に説明していただけると幸いです。
藥師 アライであることを表明するには、たとえば、LGBTQの象徴である6色(赤・橙・黄・緑・青・紫)レインボーのバッジを身に着けるとか、パソコンなどにシールを貼っておくとか、LGBTQの書籍を1冊置いておくなど、何らかの形で可視化していただくことができます。個室をお持ちの場合は、入り口にレインボーフラッグを立てておいてもらえればわかりやすいかと思います。また、支援機関であれば、相談内容例に「LGBTQなど」と書いておいてもらえれば、相談者がアクセスしやすくなります。相談票の性別記入欄をなくす、男女別の服装規定をなくすなどによっても相談しやすくなります。
大原 なるほど。決めつけやアンコンシャス・バイアスについてはいかがでしょうか。
藥師 キャリアコンサルタントの皆さんは「決めつけてはいけない」という意識をすでにお持ちかと思いますが、その領域を広げていただくというイメージでしょうか。日頃から、男性/女性あるいは異性愛者だと決めつけないことが大事です。たとえば私がキャリア相談に来たとします。もし支援者が私を30代の男性と決めつけたとしたら、私が「パートナーと同居していて」と言えば、「ああ、奥さんですね。結婚しているんですか?」などと話が進んでしまうかもしれません。でもそう言われたら、「この人には本当のことを言えない」と感じてしまいます。ですから、「その人の性別も性的指向も性自認も、本人が話すまでわからない」と日頃から意識することが大事かと思います。
大原 たしかにそうですね。
藥師 相談者が話してくれるまでは何もわからないと思っていただくことが大切です。
大原 それはキャリアコンサルティングの基本でもありますね。
人生を語り直すと その人のエネルギーになる
お子さんの場合はさらにたいへんなような気がします。
大原 小学校や中学校で自分のアイデンティティを形成する時に、保護者や先生がもっとエネルギーを使ってサポートすることが重要ではないでしょうか。
藥師 まさにその通りです。実は、10代のLGBTQの2人に1人が過去1年以内に死にたいと思ったことがあるのです。特に第二次成長期に「自分はおかしいのかなあ」と孤立していく子どもたちがたくさんいます。「学校の先生に相談できない」と答える子どもは93%、保護者との関係で「セクシュアリティに根差した困難がある」と答える子どもは89%です。
保護者の理解がないことは、特に子どもたちにとっては安全に暮らせないことに直結しやすいです。保護者の理解がないことで、「親にカミングアウトしたら、二度と帰ってくるなと言われた」「男らしくしろと髪を刈り上げられた」など、家で安全に過ごすことができないLGBTQの子ども・若者は少なくありません。
大原 カミングアウトのお話と少し関連しますが、私は、自分の人生を語り直すことがキャリアカウンセリングだと考えています。
藥師 興味深いですね。
大原 問題があることや困りごとの相談対応はもちろん重要ですが、そうした中で自分はどのように生きてきて、今はどうであり、将来どう生きていきたいのかを相談者自身が語る。そうして生きている間ずっと、アイデンティティをつくり直していくプロセスがキャリアカウンセリングだと思うのです。
LGBTQの方は、社会の無理解などによってなかなか自分のことを話せないかもしれませんが、信頼できるキャリアカウンセラーに話せる範囲で語り直してみると、手助けになるのではないでしょうか。
藥師 どういう意味でしょうか。自分の人生を見つめ直すことがキャリアカウンセリングということですか。
大原 似たようなイメージです。自分がどう生きてきたかの過去を誰かに話すと、相手はそれに対して反応しますよね。たとえば、「その時、どう思ったの?」「それはどういうことですか?」などです。そうして自分の経験を見つめて、内省しながら語り直していくと、だんだん本当のことを言いたくなってきます。そのときに「このキャリアカウンセラーはわかってくれている、信じてくれている」ということが伝われば、語りが変わってきて、その人のエネルギーになるように思うのです。私は、キャリアカウンセラーの皆さんにそうあってほしいと願っています。
藥師 ナラティブですね。今、感銘を受けながら聞いていました。すごいです。素敵です。キャリアカウンセラーって、すごくいい仕事ですね。
社会に働きかけることは
私たちの使命の一つ
過去をなかったことにするのではなく、傷つき耐えてきた自分を含めて語り直せば、自分を捉え直せるかもしれません。
大原 語りたくないという人もたくさんいらっしゃると思いますが、人には、自分のことを誰かに語りたいという欲求もあると思うのです。直面している問題を解決することも大事ですが、語ること自体がエネルギーになると思います。
藥師 語りに力があるということですね。LGBTQやマイノリティ性がある人にとっても安心して自身について話せる場が増えることを願っています。ただ一方で、当事者には「誰も助けてくれなかった」という経験が過去に何度もあって、「どうせここでも助けてもらえない」と受援力が低いことも少なくありません。その点からも、安心して相談できると感じられる場で支援を受ける経験があることは、すごく意義のあることだと思います。キャリアコンサルタントたちが多様性に理解があることで、LGBTQなどマイノリティ性がある人たちも自分らしい働き方や生き方を考えるきっかけとなるようなキャリアカウンセリングを受ける機会が増えることを願っています。
最後に、当協会や会員に何かご要望があればお聞かせください。
藥師 LGBTQを含め社会的マイノリティの方へのキャリア支援について、会員の皆さまへのアンケート調査をお願いできればうれしく思います。
大原 それは私たちも知りたいところです。最近はそうした機会が増えているようですので、実施する方向で考えてみます。
藥師 ありがとうございます! ぜひ貴団体の調査により、キャリアコンサルタントや支援職がLGBTQやマイノリティ性がある方々への支援体制が構築される一助になることを願っています。
大原 わかりました。本日はありがとうございました。
(取材:2024年9月3日)