【特別寄稿】転機理論の開拓者、ナンシー・シュロスバーグ先生からのメッセージ
――96歳の今なお問い続ける「長寿時代のマタリング(自分が価値ある存在であること)」
25周年の節目に届いた、時を超えたつながり
皆さま、日頃から大変お世話になっております。
JCDAの佐々木です。
JCDA(日本キャリア開発協会)は昨年、設立25周年という大きな節目を迎えました。
この四半世紀、私たちの活動の根底には、常に先人たちの深い洞察がありました。
なかでも「転機(トランジション)理論」の提唱者であり、JCDAの名誉会員でもあるナンシー・シュロスバーグ先生は、日本のキャリア支援者にとって、まさに道しるべのような存在です。
先日、25周年のご報告を兼ねて先生にメールを差し上げたところ、96歳になられた先生から、驚くほどエネルギッシュで、愛に満ちたお返事をいただきました。
JCDA25周年記念 参考リンク:
JCDA25周年記念大会
JCDA 25th Anniversary Commemorative Conference & Our 25-Year Journey
親愛なる佐々木好様
なんて素晴らしいメッセージでしょう。心から感謝いたします。
日本で過ごした時間、そしてJCDAとの関わりは、私にとってかけがえのない宝物です。
私の近況についてのご質問ですが、最近の私は「長寿(ロンジェビティ)」、そしてそれがリタイアメントに対する私たちの考え方をどう変えるか、という点に注力しています。
最も大きな変化は、リタイアメントに伴い「自分はもう社会に必要とされていない(no longer feeling you “matter”)」と感じてしまう可能性に気づくことです。
添付したパンフレット『自由のパラドックス(The Freedom Paradox)』でも指摘していますが、私たちは自由を夢見ながらも、現実に直面すると「自分という存在の重要性」を見失ってしまう人が多いのです。もしよろしければ、この資料も自由にご活用ください。
加えて、USA Todayに掲載された記事もお送りします。
あなたの感想を楽しみにしています。
親愛を込めて
ナンシー・シュロスバーグ
今回のブログでは、先生から「ぜひ日本の皆さんに分かち合ってください」と託された最新のメッセージと、先生が今もっとも情熱を注いでいらっしゃる「長寿とマタリング(自分が価値ある存在であること)」についてのUSA Todayに掲載された記事をご紹介します。
記事を拝読すると、今、先生が最も強調されている概念が「Mattering(マタリング:自分が価値ある存在であると実感すること)」であることが浮かび上がってきます。
私たちはリタイアメントに「自由」を期待します。
しかし、いざその自由を手にしたとき、「自分はもう誰からも必要とされていないのではないか」という不安――先生の言う「自由のパラドックス」――に直面します。
96歳になられた先生ご自身も、体調の変化という大きな転機を経験されました。
そのなかで先生がどうやって自らの「心理的ポートフォリオ」を再構築し、今この瞬間を「長く輝かしい未来」として生きているのか。最新の記事では、変化する現実に合わせて自らを調整する『再構築』の大切さについても触れられています。
それでは、先生がUSA Today紙に寄せた、長寿時代の生き方についての寄稿をご覧ください。
※本稿は、ナンシー・シュロスバーグ氏がUSA Todayに寄稿した記事を、ご本人の許可を得て日本語訳として掲載したものです。
お金の話:私は96歳、長寿を体現しています。
~より長く、より良く生きるための私のアドバイス~
ナンシー・K・シュロスバーグ / USA Today特別寄稿(2025年7月2日付更新)
ある日、主治医の診察室を出ようとしたとき、看護師の一人にこう声をかけられました。
「とてもお元気そうですね。100歳の誕生日パーティーを楽しみにしていますよ」
ハッとして、96歳の私にとって、それは決して遠い未来の話ではないのだと気づかされました。
米国国勢調査局によれば、100歳以上の米国人の数は、今後30年間で4倍に増えると予測されています。
2024年の推計10万1,000人から、2054年には約42万2,000人に達するというのです。
80代、90代、そして100歳を超えて生きる人々が数百万単位で急増しているというニュースには、胸が躍ります。
雑誌『アトランティック』はこれを「長寿革命」と呼び、スタンフォード長寿センターのディレクター、ローラ・カステンセン博士は、著書『A Long Bright Future(長く輝かしい未来:幸福、健康、そして経済的安定のための生涯アクションプラン)』の中で、それを「長く輝かしい未来」であると説いています。
一方で、MITエイジ・ラボのCEOであるジョセフ・コグリン博士は、『長寿経済:世界で最も急速に成長し、かつ最も誤解されている市場を解き明かす(The Longevity Economy: Unlocking the World’s Fastest-Growing, Most Misunderstood Market)』という本を執筆しています。
呼び方はどうあれ、この人口動態の変化に対応するための新しい製品、住まいの選択肢、政策、およびサービスを生み出す機会に満ちた時代であることは否定できません。
「長寿」は、理論上は素晴らしい響きですが、この「長く輝かしい未来」は、実際には何を意味するのでしょうか。
私は90歳のとき、意気揚々と活動していました。しかしその後、新型コロナウイルスと肺炎で入院し、死を覚悟する事態に見舞われました。95歳になる頃には、エネルギーレベルは急落していました。
これまで何年もそうであったような――エネルギッシュで、社会と繋がり、楽観的な――「自分」であり続けるにはどうすればいいのか、私は途方に暮れました。
少し休息が必要なのではないか。
ふと、自分自身に問いかけていることに気づきました。かつてのように歩くことができず、自信を持ってスピーチをしたり、組織のコンサルティングをしたりできなくなったとき、私に一体何ができるのか。どうすればいいのか。
制約はあっても、私はまだこの世界に貢献したい(make a difference)と願っていたのです。
この葛藤を抱えているのは、私だけではありません。現在72歳のグレッグ・カプランは、これまでに何度かリタイアを経験しています。
大学卒業後の彼の最初のキャリアは模索の時期でしたが、結果として空港内に一軒の店を構えることになりました。その経験がきっかけとなり、彼はフランチャイズ全体を買い取るまでに至ります。そして25年後、彼は事業を売却して一度目のリタイアをしました。
やがて彼は趣味だった大工仕事に戻ることを決め、キッチンの設計と製作を始めました。
この仕事でも彼は大成功を収め、仕事を通じて現在の妻と出会うことさえありました。
それからさらに15年が経過し、彼は「本当に引退すべき時だ」と悟りましたが、なかなか踏ん切りがつきませんでした。自分がもはや「必要とされない存在(matter)」になり、生きがいが消えてしまうのではないかと恐れたからです。
長生きすればするほど、直面する「転機(トランジション)」は増えていきます。
したがって、良く生き続けるためには、変化に伴う不安や戸惑いを取り除くために、これから訪れる多くの予期せぬ転機をいかに管理するかに焦点を当てる必要があります。
カプランの人生を「転機」というレンズを通して見ると、あらゆる人が人生のどんな時期においても、変化を理解し対処するための枠組みが見えてきます。転機を乗りこなせるかどうかは、以下の要素にかかっています。
転機のプロセスのどの段階にいるか:
仕事や人間関係から離れ、次の何かへと向かい始める時、人類学者が「リミナリティ(境界状態:人生の主要な局面の間に挟まれた、曖昧な時期)」と呼ぶ期間を経験します。その後、新しい役割、人間関係、日課、そして新しい価値観を備えた生活を再構築していくことになります。リタイアしたばかりのカプランは、もう次のキャリアを追わないことは分かっていても、少し途方に暮れています。ゴルフは大切ですが、彼はこう漏らしています。「これだけで人生終わりなのだろうか?」と。
その転機がどの程度人生を変えるか:
変化の度合いが大きいほど、転機にともなうストレスも大きくなります。カプランの今回の退職という転機は、彼の「役割」(労働者から退職者へ)、「人間関係」(同僚や家族との関係)、「日課」(仕事からゴルフへ)、そして「価値観・前提」(自分が不可欠な存在であるという認識から、自分は重要ではないのではないかという不安へ)を劇的に変えてしまいました。
対処リソースの強さ:
私たちは皆、転機に立ち向かうための潜在的な資源(リソース)を持っており、私はこれを「4つのSシステム」と呼んでいます。
Situation(状況): あなたの人生全般は今、良好ですか、それともストレスが多いですか?
Self(自己): あなたは楽観的ですか、それとも悲観的ですか?回復力(レジリエンス)はありますか?
Supports(支援): 頼りにできる個人的、あるいは組織的なサポートはありますか?
Strategies(戦略): さまざまな手法を柔軟に駆使していますか?
これらのリソースが強ければ強いほど、転機をうまく乗り越えられる可能性が高まります。
300人以上の居住者が暮らすリタイアメント・コミュニティ「サラソタ・ベイ・クラブ」で飲食部門ディレクターを務めていたドン・バンチは、数年前に自身も退職しました。
1年間の旅行の後、彼と妻は落ち着いた生活に入りました。しかし、趣味のなかった彼は、一日中家の周りで座り込み、テレビを眺めるだけの、完全に退屈しきった自分に気づいたのです。そんな折、以前の職に空きが出たため、彼は仕事に戻りました。
さらに2年が経ち、彼は今度こそ本当に引退の時だと判断しました。
「今回の退職が、前回よりも良いものになると言えるのはなぜか」という私の問いに対し、彼の答えは明快でした。
「今回は新しい目的があります。中西部の小さな町に引っ越し、家をリフォームする予定です。それに、地域の活動にも参加しようと考えています。自分が必要とされ(matter)、関わりを持っている(relevant)と感じる必要があるのだと、今は分かっています」
故モリス・ローゼンバーグ社会学博士は、普遍的でありながら見落とされがちな動機を説明するために「マタリング(mattering:自分が価値ある存在であると実感すること)」という概念を生み出しました。
彼は、他者の人生に影響を与えていると信じることがいかに重要であるかを指摘しました。
では、どうすればその自信を得られるのでしょうか?
まずは社会に関わり、繋がり続けることです。
国立精神衛生研究所の研究員であるカーミ・スクーラー博士らは、やりがいのある仕事やレジャー活動に参加することの利点を研究しました。一連の研究を通して、彼らは「実質的に複雑な(substantively complex)」環境に身を置いている人々の「知的機能」が向上することを確認しました。彼らの定義によれば、それは自己主導性(セルフ・ディレクション)と意思決定を必要とする環境のことです。
ブリッジに興じること、助成金の提案書を書くこと、クロスワードパズルを解くこと、あるいはプロジェクトをどう立ち上げるか考えることなどは、すべて「実質的に複雑な活動」の例です。
1974年に行われた仕事に従事する883組の夫婦を対象とした調査、および1994年に行われたレジャー活動に勤しむ男性315人と女性320人を対象とした追跡調査は、「使わなければ失われる(use it or lose it)」という点を証明しました。
また、周囲から与えられたアイデアを活かすことも大切です。ある退職したパイロットは、やることがなく手持ち無沙汰にしていました。そんな彼に、元妻がある広告のことを教えました。それは花の配達員の募集でした。彼は、生花を届けるたびに人々を幸せにできるこのチャンスに、喜んで飛びついたのです。
長寿は、歳を重ねる中での愛し方、学び方、働き方、そして遊び方に影響を与えます。
人生とは、終わりのない「転機の連続」であることに私たちは気づくでしょう。新しいキャリア、新しい人間関係、新しい余暇の楽しみ方、新しい仕事やボランティア、そして新しいスキルを学ぶための新しい機会が次々と現れます。
しかし、長寿の道のりには予期せぬ紆余曲折があることも忘れてはいけません。
未知の事態に直面したとき、私たちは即興で対応することを強いられます。私はよく、友人のジーン・ハンセルを思い出します。彼女は体調を崩し、セラピストとしての仕事を辞めざるを得なくなりました。しかし彼女は、残された時間を意識的に使い、新しい道を切り拓くことを決意したのです。
そして、決して偶然ではないのでしょうが、ロバート・ホプキーの著書『偶然はない:共時性と私たちの人生の物語(There Are No Accidents: Synchronicity and the Stories of Our lives)』を読んだ後、彼女の中に精神的な探求という道が開けました。彼女の晩年は、一見相容れないように思えること――肉体の衰えと、個人の成長――が共存するものでした。
それは起こり得ることなのです。ただ、その可能性に対して心を開いてさえいれば。
ナンシー・シュロスバーグ
メリーランド大学名誉教授。
アメリカ心理学会出版の『Revitalizing Retirement(退職後の再活性化)』著者。
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USA Today特別寄稿(2026年4月12日付更新)
今回のシュロスバーグ先生とのやり取りを通じて、私自身が最も強く感じたのは、「理論は生きている」ということでした。
私が初めて先生の「4Sモデル」に出会ったのはCDA資格を取得した17年前のことでした。
自分の内なる小さな声や不安に耳を澄ませる、自分自身の心とのつながりを大切にされているシュロスバーグ先生の姿勢は、今も私のキャリア支援の原点になっています。
昨年JCDAの理事長に就任し、私自身も50代半ばという人生の転換期に立っています。そんな折に届いた96歳の先生からの「これからが、長く輝かしい未来なのよ」という力強いメッセージは、私にあと40年このフィールドで走り続けられる、という勇気を与えてくれました。
先生が説く「マタリング(自分が価値ある存在であること)」は、キャリア支援者である私たち自身にとっても大切なテーマです。
私たちが自分自身の人生を「重要である」と信じ、楽しみ、学び続ける姿こそが、相談者の方々への最も力強い支援になるのかもしれません。
シュロスバーグ先生、そして日本のキャリア支援を支えてくださる皆様に、心からの感謝を込めて。
日本キャリア開発協会(JCDA)
理事長 佐々木 好




