皆さま、日頃より大変お世話になっております。
JCDAの佐々木です。
先日参加した APCDA 2026 Malaysia Hybrid Conference では、さまざまな国や地域のキャリア開発に関わる実践者・研究者・教育関係者が集まり、これからの働き方、キャリア支援、社会の変化について、多くの対話が交わされました。
その中で、特に印象に残ったセッションのひとつが、マレーシアの実践者によるパネルディスカッションでした。
テーマは、AIや人口構造の変化、労働市場の変化が進む中で、どのようにインクルーシブで、レジリエントな労働力をつくっていくのか、というものでした。
「インクルージョン」や「ダイバーシティ」という言葉は、今では日本でも多くの場面で語られるようになりました。
しかし、それを実際の職場や社会の仕組みとして実現することは、決して簡単ではありません。
企業には、収益性や生産性の責任があります。
管理職は、日々の業務管理、人材育成、評価、トラブル対応など、多くの職責を担っています。
人事部門や支援機関にも、制度や人員、予算の制約があります。
その現実を抜きにして、「多様な人が働ける社会をつくろう」と言っても、言葉だけで終わってしまうかもしれません。
今回のパネルで印象的だったのは、登壇者たちが、そうした難しさを十分に踏まえながら、それでもなお、どうすれば人が働き続けられる環境をつくれるのかを、非常に具体的に語っていたことでした。
多様な立場から語られた、マレーシアの雇用とインクルージョン
今回のパネルには、マレーシアの社会保障、企業人事、採用、ニューロダイバーシティ支援、大学教育という異なる領域から、5名の実践者が登壇しました。
モデレーターは、APCDA会長の Elisabeth Montgomery 氏。
パネリストは、Yayasan GamudaのEnabling Academyでニューロダイバージェントな人たちの就労移行支援に取り組む Grace Gan Wei Cheng 氏、PERKESOで雇用サービスを担う Gayathri A/P Vadivel 氏、Malaysian Institute of Human Resource Management会長の Simon Benjamin 氏、CIMBで採用と雇用ブランディングを担当する Lisa Sahar 氏、そしてUniversiti Malayaでインクルーシブ教育や支援付き雇用を研究する Jee Ching Pang 氏です。

社会保障、雇用サービス、企業人事、採用、教育・研究という複数の視点から、マレーシアにおけるインクルージョンと雇用の課題が語られました。
マレーシアは、多様な民族・文化・宗教が共存する国です。そうした多文化社会であることも背景にあり、「多様性」は抽象的な言葉ではなく、日常生活や職場の現実と深く結びついているように感じました。
ただし、今回のパネルで語られていたのは、文化的多様性だけではありませんでした。
女性の雇用、障がいのある人の雇用、ニューロダイバーシティ、若者の働き方、AIによる仕事の変化、高齢化、ギグワークや非典型的な働き方の広がりなど、多くのテーマが重なり合っていました。
「インクルージョン」という言葉はある。では、どこまで実践されているのか
パネルの冒頭では、インクルージョンやダイバーシティという言葉はよく使われる一方で、それが実際にどこまで実践されているのか、という問いが投げかけられました。
マレーシアでは、民族や宗教の違いに加えて、女性、障がいのある人、若者、高齢者など、さまざまな立場の人が労働市場に関わっています。
しかし、雇用の現場では、差別や偏見、受け入れ体制の不足、職場側の不安などが残っています。
この問いは、日本の私たちにとっても他人事ではありません。
インクルージョンを大切にすることに、反対する人は多くないでしょう。
けれども、実際に職場の中でどう進めるのかとなると、途端に難しさが見えてきます。
誰が支援するのか。
どの業務を任せるのか。
既存の社員の負担はどうなるのか。
管理職はどこまで対応できるのか。
本人にとっても、職場にとっても、無理のない形にするにはどうすればよいのか。
今回のパネルでは、そうした現実的な問いが、何度も浮かび上がっていました。
労働市場そのものが大きく揺れている
社会保障と雇用サービスの立場からは、マレーシアの労働市場が大きく変化していることが語られました。
AIやテクノロジーの進展、人口構造の変化、高齢化、ギグワークやインフォーマルな働き方の拡大、地政学的な不安定さ。
こうした変化は、障がいの有無にかかわらず、すべての人に影響を及ぼしています。
しかし、その影響は、誰に対しても同じように現れるわけではありません。
もともと不安定な立場にある人、障がいのある人、就労経験の少ない若者、家庭内のケア責任を担う人などは、より大きな影響を受ける可能性があります。
労働市場の変化が進む中で、単に一時的な支援を行うだけではなく、人が変化に対応しながら働き続けられるようにすることが重要だという問題意識が示されていました。
ここで繰り返し出てきたのが、sustainable employment、すなわち「持続可能な雇用」という考え方です。
雇用を生み出すこと。
仕事に就くこと。
それ自体はもちろん大切です。
しかし、それだけでは十分ではありません。
その人が働き続けられるのか。
職場の中で役割を持ち続けられるのか。
変化に応じて学び直し、別の仕事や役割へ移っていけるのか。
そこまで含めて考える必要がある、という問題提起でした。
数値目標だけでは、インクルージョンは続かない
障がいのある人の雇用については、企業に一定割合の雇用を求めることの意義も語られました。
数値目標は、企業が取り組みを始めるきっかけになります。社会として、雇用の機会を広げていくうえで重要な仕組みでもあります。
一方で、ニューロダイバーシティの就労支援に関わる登壇者からは、数値目標だけでは十分ではないという指摘がありました。
企業が「1%採用したい」「5%採用したい」と考えたとしても、社内に支援体制がなければ、その取り組みは長続きしません。本人にとっても、職場にとっても、負担が大きくなり、結果としてうまくいかなくなることがあります。
これは、非常に現実的な指摘だと思います。
採用することは、入口です。
けれども、その後に何が起こるのか。
誰が日常的に相談を受けるのか。
上司や同僚は、どのような理解を持っているのか。
仕事の切り出しや調整は可能なのか。
困ったときに外部の専門家や支援機関につながれるのか。
支援が、特定の担当者の善意だけに依存していないか。
こうした問いに答えられないまま受け入れだけを進めると、本人も職場も苦しくなります。
インクルージョンは、「採用すれば終わり」ではありません。
むしろ、採用した後にこそ、職場の設計が問われます。
Gamudaの実践:人の環境を準備する
パネルでは、Yayasan GamudaのEnabling Academyによる実践が紹介されました。
この事例は、インクルージョンを現場で支えるとはどういうことかを考えるうえで、とても示唆に富んでいました。
Gamudaは、マレーシアの建設・不動産開発などを手がける企業です。
同社では、10年以上前から、自閉スペクトラムのある人たちにホワイトカラーの仕事の機会を開く取り組みを始めました。
きっかけは、経営トップが、彼らの多くがスーパーマーケットやバックエンド業務など、限られた仕事に就くことが多い現状に課題を感じたことだったそうです。
ただし、トップが方針を示しただけで、すぐに全社へ広げたわけではありませんでした。
まず、受け入れる意思と準備のある部門から始めました。
部門内には、Guardian、Supervisor、Buddyと呼ばれる支援役を置きました。
外部のジョブコーチとも連携し、採用面接の段階から候補者理解を深めました。
受入れ体制についても助言を受け、上司やバディ向けに社内ジョブコーチ入門研修を行いました。
この実践では、本人だけでなく、受け入れる側の「人の環境」を準備することが重視されていました。
この視点が、とても印象に残りました。
インクルージョンというと、本人にどのような能力があるか、どのような配慮が必要か、という点に目が向きがちです。
もちろん、それは大切です。
しかし同時に、受け入れる側の環境も準備しなければなりません。
上司や同僚が不安を抱えたままでは、本人も安心して働けません。
職務内容が曖昧なままでは、期待値のずれが生まれます。
困ったときの相談先がなければ、問題が小さいうちに対応することができません。
Gamudaの実践は、本人と職場の双方にとってリスクを下げるための、現実的な設計としても受け止めることができます。
仕事に人を合わせるだけでなく、人と仕事の関係を調整する
Gamudaの実践の中では、職務の切り出し、いわゆる Job Carving の具体例も紹介されました。
ある社員は、グラフィックデザインの背景を持っていたため、当初はコーポレート・コミュニケーション部門に配属されました。
しかし、デザインの仕事は、クライエントの主観的な要望をくみ取りながら進める必要があります。本人は、自分ではよい仕事をしたと思っても、相手の期待とずれることがあり、そのことが大きなストレスになっていました。
そこで会社は、本人と話し合い、別の強みに目を向けました。
数的能力があり、細部への注意力も高い。
その特性を活かし、財務部門へ異動したそうです。
一方で、芸術的な才能を失わせたわけではありません。
社内では、その社員がアート活動をファシリテートする機会もつくられているとのことでした。
この事例は、「適材適所」という言葉の難しさと可能性を示しているように思います。
私たちは、最初から完全に合う配置を見つけられるとは限りません。
仕事の内容、上司や同僚との関係、期待される成果、コミュニケーションのあり方によって、その人の力の発揮のされ方は変わります。
大切なのは、合わなかったときに「本人の問題」として終わらせないことです。
仕事の内容を見直す。
期待値を調整する。
配属先を変える。
本人の別の強みに目を向ける。
その人が参加し、成長し、意味のある役割を持てる道を探す。
これは、障がいのある人の雇用に限らず、すべての人材マネジメントに通じる視点ではないでしょうか。
なお、Gamudaでは、当初は外部ジョブコーチの力を借りていた支援体制を、現在は社内にも広げているとのことでした。社内支援チームが、自閉スペクトラムのある社員を継続的に支援し、長期勤続につながっているという紹介もありました。
このことは、支援を「採用時の配慮」だけにとどめず、長期的な雇用継続の仕組みとして育ててきたことを示しているように感じます。
企業にとっても、簡単な話ではない
もちろん、こうした取り組みは、企業にとって簡単なことではありません。
人員に余裕がない職場もあります。
業務の標準化が難しい職場もあります。
管理職がすでに多くの責任を抱えている場合もあります。
経営として、短期的な成果や生産性を求められる現実もあります。
だからこそ、インクルージョンを「よいことだからやりましょう」という精神論だけで進めることには限界があります。
パネルで語られていたのは、理想論ではありませんでした。
むしろ、理想を現場で実現するためには、どのような仕組みが必要なのかという話でした。
支援役を明確にする。
上司や同僚を教育する。
外部支援とつながる。
職務を調整する。
評価や配置を見直す。
受け入れ準備のできたところから始める。
そして、成功事例を共有し、少しずつ広げていく。
こうした地道な設計がなければ、インクルージョンは一時的な取り組みで終わってしまうのだと思います。
AI時代に、本当に不足している力とは何か
企業の採用を担う登壇者からは、AI時代に本当に不足している力についての話もありました。
銀行というと、会計や金融、数値に強い人材を採用しているというイメージを持たれがちです。
しかし実際には、さまざまな背景の人材が採用されています。
たとえば、投資銀行業務で活躍する人材が工学系の出身であったり、UXチームに心理学の背景を持つ人材が多くいるという話も紹介されました。
登壇者からは「すべての才能は才能である」という発言もありました。
どのような背景から来たとしても、入社後に学び、成長し、活躍できる可能性があるということです。
また、AI時代に本当に不足しているスキルについて、技術そのものよりも、問題解決力や批判的思考力が重要であるという指摘がありました。
データを扱うことができても、その数字が何を意味しているのかを読み解けなければ、よい意思決定にはつながりません。
AIツールを使えても、その出力をどう解釈するのか、どのように判断するのかは、人間に委ねられています。
採用の現場でもAIツールは活用されています。
一方で、AIに頼りすぎることで、本来出会えたはずの才能を見落としてしまうのではないか、という懸念も共有されていました。
この視点は、AI時代の人材育成や採用を考えるうえで、とても重要だと思います。
これからの企業が求めているのは、単にデジタルツールを使える人材だけではありません。
変化する状況の中で考え、判断し、他者と協働できる人材です。
そして、そのような力は、学校教育、企業内教育、キャリア支援、職場での経験を通じて育てられていくものです。
管理職だけに背負わせない
HR (Human Resources)の立場からは、管理職の役割についても重要な問題提起がありました。
職場で人に関する問題が起きると、「それはHRの仕事だ」と考えられがちです。
評価面談、フィードバック、労務問題、部下の悩み、トラブル対応。
こうしたことを、すべて人事部門に任せてしまう傾向があります。
しかし、日々部下と接しているのは、管理職です。
管理職自身が、人を理解し、期待を伝え、対話し、育てる役割を担う必要があります。
パネルでは、管理職にHRに関する研修を行い、評価の場面でも「HRに聞いてください」と投げるのではなく、自分自身で期待値や評価の理由を率直に説明することが大切だという話がありました。
また、労使関係や規律上の問題についても、HRだけに任せるのではなく、管理職が人との関わりを避けないことの重要性が語られていました。
一方で、ここにも現実があります。
管理職に「もっと人を見ましょう」「もっと対話しましょう」と求めるだけでは、現場は疲弊してしまいます。
必要なのは、管理職個人の努力に頼りきることではありません。
管理職が人に向き合えるようにするための教育、相談先、業務設計、働き方をあわせて整えることです。
これは、日本の企業にとっても示唆的です。
1on1やキャリア面談を制度として導入しても、管理職が孤立したままでは、十分に機能しません。
管理職を支える仕組みがあってこそ、部下を支える関わりも持続可能になるのだと思います。
教育の場から見たインクルージョン
大学教育の立場からは、インクルージョンがうまくいかない理由は、必ずしも本人の制約にあるのではなく、私たちがどのようにシステムを設計しているかにある、という趣旨の発言がありました。
これは、とても大切な視点だと思います。
人が働けないのは、本人に能力がないからなのか。
それとも、働く環境がその人の力を発揮できる形になっていないからなのか。
もちろん、すべてを環境の問題として片づけることはできません。
しかし、本人だけに課題を帰すのではなく、教育、職場、制度、支援のあり方を見直すことは、インクルージョンを考えるうえで欠かせません。
また、大学での教育においても、理論を教えるだけではなく、体験的な学びを重視していることが語られていました。
活動を中心に組み立て、学生が実際のコミュニティと関わり、目の前の人と出会い、現実の中で学ぶことを大切にしているとのことでした。
インクルージョンは、知識として理解するだけでは十分ではありません。
人と出会い、関わり、揺らぎながら、自分の見方を問い直していく中で、少しずつ深まっていくものなのだと感じました。
「私たちは皆、どこかで違っている」という問い
会場からの質問の中にも、印象的なものがありました。
ニューロダイバーシティについて、一部の人だけを「特別な存在」として見るのではなく、私たち全員が何らかの意味で多様な特性を持っていると考えることはできないか、という問いです。
この問いに対して、パネルでは、自閉スペクトラムのある一人の社員との経験が紹介されました。
当初は簡単な仕事を任せようと思っていたところ、本人から「もっと挑戦的な仕事をください」と言われたそうです。
その後、会員管理の仕事を任せると、5,000人もの会員名を覚え、非常に高い力を発揮したとのことでした。
このエピソードは、私たちがいかに相手を狭く見てしまうことがあるかを教えてくれます。
困難さがある。
配慮が必要である。
そのことは事実かもしれません。
しかし、それだけでその人全体を判断することはできません。
私たちにはない記憶力、集中力、見方、誠実さ、継続力、感性を持っているかもしれません。
誰が支援する側で、誰が支援される側なのか。
その境界は、実はそれほど明確ではないのかもしれません。
インクルージョンは、誰か一人の善意では続かない
今回のパネル全体を通して感じたのは、マレーシアの登壇者たちが、インクルージョンを決して美しい理念だけで語っていなかったということです。
企業には企業の現実があります。
管理職には管理職の負荷があります。
人事には人事の制約があります。
支援機関には支援機関の限界があります。
そして、本人や家族にも、不安や葛藤があります。
それでも、働く人の可能性を失わせないために、どこに支援の仕組みを置くのか。
誰と誰が連携するのか。
どのように職場を設計するのか。
どのように学び直しや移行を支えるのか。
登壇者たちは、それぞれの現場から、その問いに向き合っていました。
インクルージョンは、誰か一人の善意だけでは続きません。
また、一つの制度だけで完成するものでもありません。
経営の意思決定、人事の仕組み、管理職への支援、職場の理解、外部専門家との連携、教育機関との接続、社会保障制度。
それらが少しずつつながることで、人が働き続けられる環境が育っていくのだと思います。
日本の私たちにとっての問い
今回のマレーシアのパネルは、決して遠い国の話ではありませんでした。
AIによる仕事の変化。
若者の働く意識の変化。
高齢化。
障がいのある人の雇用。
ケア責任を担う人の働き方。
多様な背景を持つ人材の採用と定着。
管理職の負荷。
人事部門の役割。
学び直しとキャリアの移行。
これらは、すべて日本でも向き合っているテーマです。
インクルージョンを、理念として語るだけで終わらせない。
採用して終わりにしない。
管理職だけに背負わせない。
本人だけの課題にしない。
企業だけ、支援者だけ、行政だけの課題にしない。
多様な人が働き続けられる社会をつくるには、理想を掲げることと同じくらい、現場の難しさを直視しながらも、あきらめずに仕組みを設計することが必要なのだと思います。
APCDAのパネルで交わされたマレーシアの実践者たちの言葉は、そのことを力強く、そしてあたたかく示していました。
日本にいる私たちも、それぞれの現場で、何を少し変えられるのか。
誰とつながればよいのか。
誰か一人に負担を集中させず、支え合える仕組みをどう育てていくのか。
そんな問いを持ち帰る機会となりました。
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