『JCDAジャーナル』で連載中の「キャリアカウンセラーの倫理を考える」は、キャリアカウンセリングに携わるすべての方に、ぜひ一度読んでいただきたいシリーズです。
今回は、第8回の記事をWebでもご紹介します。執筆は、JCDA認定スーパーバイザーの水野みちさん。
日々の実践を振り返るきっかけとして、ぜひお読みください。
■現場で生まれる違和感
倫理というと、多くの場合「ねばならないこと」「してはならないこと」として語られます。
(基本的理念)
第1条 キャリアコンサルタントは、キャリアコンサルティングを行うにあたり、人間尊重を基本理念とし、多様性を重んじ、個の尊厳を侵してはならない。
2 キャリアコンサルタントは、相談者を人種・民族・国籍・性別・年齢・宗教・信条・心身の障がい・文化の相違・社会的身分・性的指向・性自認等により差別してはならない。
3 キャリアコンサルタントは、キャリアコンサルティングが、相談者の人生全般に影響を与えることを自覚し、相談者の利益を第一義として、誠実に責任を果たさなければならない。
多重関係に注意すること。守秘義務を守ること。出来ないことをできると言わないこと、力関係を明確にし、意識すること、など。
これらは、専門職としてとても大切な土台です。一方で、学びを進めるほど、こんな違和感を抱く方も少なくありません。
「倫理は分かるけれど、現場では割り切れない」この違和感は、未熟さととらえられがちですが、倫理が発達し始めるきっかけでもあると考えます。
■ギリガンが示した「もう一つの発達」
心理学者キャロル・ギリガンは、道徳と倫理の研究で著名な理論家です。ギリガンは、道徳の発達を「正義」や「規則」だけで測る従来の理論に疑問を投げかけ、関係性や配慮(care)に基づく道徳の発達を示しました。
倫理的判断は、現場では道徳的感受性の上に成り立つことから、ギリガンの理論をご紹介します。
ギリガンの視点では、人は大きく次のような変化を経験するとされています。
・罰せられないため、責められないために正しくふるまう段階
・他者に配慮し、期待に応えようとする段階
・自分と他者の双方を尊重し、関係性全体を引き受けて考える段階
ここで大切なのは、どれが良くて、どれが悪いという話ではない、という点です。
その時点で、何が見えているかが違うという視点が大切です。それが道徳の発達だと考えられています。
初学者が「ルール」に意識を向けるのは自然なことです。
キャリアカウンセリングを学び始めた頃、倫理はまず「守るべき規則」として提示されます。
それは、自分と相談者の双方を守るために欠かせません。また、専門領域を守る上でも職業倫理は欠かせません。
そのため初学者の段階では、判断の軸が次のような問いに集まりやすくなります。
・これは倫理規定に反していないだろうか
・問題が起きない選択はどれだろうか
・後から指摘されない対応は何だろうか
これは、ギリガンのいう「責められないために正しくあろうとする」段階と重なります。この段階でルールを丁寧に学ぶことは、とても大切です。
ただ、現場に立つと、ルールだけでは答えが出ない場面に必ず出会います。
■多重関係をめぐる葛藤
たとえば、こんな場面です。
相談者との関係が、今後、多重関係につながる可能性があると気づいた Aさん。この関係は、今後の自分の支援スタンスにどのような影響を与えるだろうか。
境界が曖昧になることで、この人を公平に、対等に扱えなくなることはないだろうか。思考をめぐらせ、専門職としては「避けるべきだ」と理解しています。
しかし、「今、この人が頼れる相手が自分以外にいない」という現実が、目の前にありました。藁をもすがる想いで相談に来た方でした。
命をつなぎとめるような感覚がありました。ここで倫理は、「関わるか、断つか」という二択ではなくなります。
何を、どこまで、どう伝えるのか。何を語ってもらい、何を明確にし、どこは急がずに扱うのか。この関わりが、この人の将来にどんな影響を残すのか。
その影響を最小限にするための声掛けは何か。倫理とは、単に規定を守ることではなく、関係性全体を見渡しながら考え続ける営みだということが分かります。
■倫理が「問い」として立ち上がるとき
この段階では、倫理的な問いは次のように変化していきます。
・この人が求めていることの期待値と自分が提供できることの差は何か
・どのように伝えるとこの人の意思決定の力を奪わず接することができるか
・この関係は、第三者から見たらどういう反応を引き起こし、何のリスクがあるか
・今後の専門領域への影響はどうなるか
倫理は、外から与えられた判断基準だけではなく、関係の中で育つ感覚になっていきます。これは、倫理が揺らいでいるのではなく、発達している状態だと捉えることができるのではないでしょうか。
■違和感を大切に
ここで、もう一つ大切にしてほしいものがあります。それは、自分の内面に湧き起こる「違和感」です。
組織の中で仕事をしていると、次のような感覚に陥ることがあります。
「みんながやっているから大丈夫だろう」「上の指示だから、仕方がない」「これ以上、波風を立てる必要はない」
こうした判断は、ときに私たちを守ってくれます。反対者ポジションを取らずに済む、職を失わずに済む、リスクを冒さずに済むという点では守られます。
しかしその代償として、自分自身の倫理的感覚を鈍らせてしまう危険も含んでいます。
ギリガンの視点では、倫理は「声(voice)」として立ち上がるとされます。その声は、最初から明確な主張ではなく、
「何かおかしい気がする」「言葉にできないけれど、引っかかる」といった、違和感として現れることが多いのです。
それは、学びが足りないから生じるのではなく、学び、考え、関係性を見ようとしているからこそ生まれる感覚もあります。
■倫理の文言は、違和感を言語化するためにあります
違和感を覚えたとき、それをそのまま感情としてぶつけるのは難しいこともあります。
そこで役に立つのが、倫理に書かれている文言です。
守秘義務、多重関係、境界、説明責任、インフォームド・コンセント。これらは、違和感を「個人的な感情」から専門職として共有可能な問いへと翻訳する
ための言葉として役立ちます。倫理の学習は、違和感を抑え込むためにあるのではありません。違和感を積極的に言葉にし、対話を生み、考えるためにあるのだと思います。
■おわりに
倫理は、最初は「守るもの」として始まります。しかし現場経験を経ると次第に、「個々人や複雑な関係性を前にしながら、考え続けるもの」へと変わっていきます。
迷いや違和感と隣り合わせです。そして、迷いを抱くことは、倫理が揺らいでいる証とは限りません。
むしろ、倫理が発達し、関係性への感受性、道徳的感受性が働き始めている証とも言えます。その違和感を放置してしまうと、倫理への感性の芽が鈍っていきます。
見えていたものが見えなくなっていき、合理化が働き、ゆがみが生じます。いけないと思っていたものが麻痺していくのです。だからこそ、立ち返る場所として「倫理綱領」があります。
どうか、現場での違和感を許容せず、倫理的な対応について考え続けていただければと思います。
水野 みち(みずの・みち)
株式会社日本マンパワー キャリアドック事業本部長
国際基督教大学卒業。1999 年よりキャリアカウンセラー養成事業に従事。2005 年ペンシルバニア州立大学にて教育学修士(カウンセラー教育)
取得。働く若者のキャリア相談に 5 年従事後、企業内キャリア支援に 15 年専念し、年間 40 社以上の企業内キャリア開発、組織開発、D&I に携わる。
2025 年よりキャリアドック事業本部長としてキャリア支援者の養成と活躍支援に注力。
CDA/ 国家資格キャリアコンサルタント、JCDA 認定スーパーバイザー・CDA インストラクター。
共著:「IDGs 変容する組織」経済法令研究会(2023)「これからのキャリア開発支援」法務行政研究所(2016)




