明日を生きる力が湧いてくるように
未来に希望が持てるように
昨年春、『人生すごろく「金の糸」ガイドブック』という冊子が発行された。JCDAウェブサイトからダウンロードできる※ので、ぜひ読んでほしい。その中に、「金の糸」のワークショップを実施したという新聞の社説が掲載されている。普通の新聞ではなく、いい意味で突出した新聞である。今回のゲストは、その新聞社の社長に就任したばかりの重春文香さん。果たしてどのような新聞で、どのような人物なのか。佐々木理事長との対談をお楽しみください。
※『人生すごろく「金の糸」ガイドブック』
https://www.j-cda.jp/wp-content/uploads/2025/02/3d6c9fec275fecd98f950c6f24867fa3.pdf
株式会社 宮崎中央新聞社
代表取締役社長
重春 文香 さん
日本キャリア開発協会(JCDA)
理事長
佐々木 好
「感動した」「元気になった」 「ためになった」という講演を掲載
重春さんは昨年、宮崎中央新聞社の社長に就任されました。どのような新聞なのでしょうか。
司会:JCDA事務局長 原 洋子重春 『宮崎中央新聞』は1955年に創刊された地元紙で、地元宮崎の政治・経済などを扱う週刊紙でした。その新聞を私の父親が事業承継することになったのです。
佐々木 歴史のある新聞なのですね。よろしければ、お父様が事業を引き継いだ経緯をお教えください。
重春 父親は宮崎県出身でしたが、若い頃は東京で暮らし、母と結婚しました。そして、姉が生まれたのを契機に「環境のいいところで子育てを」と、故郷の宮崎に帰ってきたのです。
そして、その数年後、宮崎中央新聞社に就職しました。1990年頃のことです。しかし、入社約1年後にバブル崩壊のあおりを受けて廃刊が決まりました。
ただ、30年以上も続いてきた新聞ですから、創業者は会社を残したかったようです。それで父に会社を譲ったと聞いています。ただ経営が苦しく、赤字状態が続いていたようです。
佐々木 それはさぞたいへんだったかと思います。
重春 父はそんな会社の経営を引き受けてしまい、母に怒られるかと思いつつも打ち明けました。すると母は、「あなたはいい新聞をつくってください。部数は私が伸ばします」と言ったそうです。そして、1日100件の飛び込み営業を始めました。
佐々木 1日に100件も! すごいですね。
重春 個人宅からお店、会社、市役所まで、本当に毎日100件に飛び込んだようです。そうして3年が経った頃、肯定的な口コミが広がってきたのです。「この新聞を自分の友だちに送ってほしい」と言ってくださる読者もいたそうです。
■お母さまは「いい新聞をつくってください」とおっしゃられたとのことですが、どのような新聞なのか、改めてご説明ください。
重春 父は、新聞の内容を一新しました。現在は、全国で実施された講演会の中から1号につき1講演に絞って、ダイジェストを掲載しています。講師の何十年という人生を、紙面を通して20分ほどで追体験できる内容です。媒体名も2020年に『日本講演新聞』に改称しました。
佐々木 どのような経緯で『日本講演新聞』が生まれたのでしょうか。
重春 当初、父は「読者が前向きになれるような新聞を発行したい」と考えていたようです。そんな時、ある講演会を聴く機会がありました。
他紙の記者もいましたが、彼らは原稿を書くためか、最初の数分だけ聴いて離席しました。一方、父には時間がたっぷりあったので、最後まで聴きました。
その時の講演がすごく面白かったようで、「この内容をもっと多くの人に発信したい」と考えたと聞いています。
佐々木 そうなのですね。ただ、講演は日本中でたくさん開催されています。その中から週に1講演だけを取り上げるのは、選び方がとても難しいと思いますが、どのような観点で講演を選ばれているのでしょうか。
重春 全国の各種講演を取材した上で、「感動した」「元気になった」「ためになった」という講演を、講師の許可を得て掲載しています。ニュースやノウハウのような内容ではなく、人生の生き方や考え方、涙するような内容など、日常を生きていく上で支えになるような講師の想いを伝えることを大切にしています。
それにより、読者の方に「人は何度でも立ち上がれる」「自分だけじゃない」と感じていただき、「生きるヒント」になればうれしい限りです。さらに継続して読み続けていけば、読者の心の中にそうした言葉や考え方が積み重なって、人生を豊かにしていただけるのではないかと思っています。
佐々木 私も購読していますが、壮絶な経験をされた演者の方もいれば、心温まるお話をされる演者の方もいるなど、講演の内容は幅広いですね。
重春 そうですね、ありとあらゆる講演を取材していますから。その上で、「明日を生きる力が湧いてくるような内容」「未来に希望が持てるような内容」であることを重視しています。
佐々木 講演だけでなく、社説やコラムも掲載されていますね。
重春 『日本講演新聞』の紙面は四つ切と言って、ブランケット判の一般紙とほぼ同じ大きさです。その表裏両面に記事を掲載し、うち講演の記事が約半分、残りの半分に社説やコラムなどを平均4本ほど掲載しています。
想いを伝える新聞
『日本講演新聞』
https://nikko-shinbun.jp/
◆主なコンテンツ
講 演:全国で行われた講演会の内容
社 説:心揺るがす内容だと、ファンが多い
コラム:作家による書き下ろし、編集部による取材後記など
◆過去の掲載講演例(敬称略)
ソフトバンクグループ㈱ 代表 孫 正義
建築家 隈 研吾
コラムニスト ジェーン・スー
俳人 夏井いつき
京都大学iPS細胞研究所名誉所長 山中伸弥
書道家 武田双雲
芥川受賞作家/お笑いタレント 又吉直樹
臨済宗円覚寺派管長 横田南嶺
◆月4回・毎週月曜日発行
※地域により異なる。月の第5週は休刊。
◆用紙サイズ
タテ540mm×ヨコ390mm
◆媒体形式
紙版、WEB版、音声版、ジュニア版
私も読ませていただいて、「読者の皆さんは、こういう心にしみる内容を欲しているのだろうな」と感じられます。
重春 今はスマホやパソコンを開くだけでさまざまな情報が飛び込んできます。有象無象の情報もあふれてしまっています。そんな中で『日本講演新聞』を読むと、ほっとしたり、安心したり、平常心に戻れるなどの役割を果たせているようです。読者の方々からそうした声も多く寄せられています。
毎月の会議で 社員と人生すごろくを実施
読者の心を揺るがす新聞なのですね。重春さんご自身のご経歴についてもお聞かせください。
「なくしたらいけない」 という使命感で経営に参画重春 私は子どもの頃から、両親の働く姿を見てきました。自宅と会社が同じ屋根の下にある小さな新聞社だったからです。当時、社長は母親で、父親は編集長でした。子ども心に「大人になったらここで働くんだなあ」と思っていました。ただ、大学生の時に母親から、「一度は就職して社会に出なさい」と言われました。
おそらく別の会社で学んだことを自社に持ち帰ってほしいと思っていたのでしょう。ところが、そんな思いで就職活動をしてもうまくいきません。非常に苦労しましたが、先生の紹介で何とか東京の会社に就職させていただきました。
佐々木 宮崎ではなく、東京だったのですね。
重春 就職活動をしていく中で、「会社を継ぐ」という意識は完全になくなっていました。いつの間にか新聞社を応援する側になっていました。やがて結婚して子どもが生まれ、専業主婦をしていましたが、2人目を出産する際に宮崎に帰省しました。
佐々木 里帰り出産でしょうか。
重春 そうです。それがターニングポイントになりました。母親から「人手が足りないから働いてくれない?」と頼まれたのです。出産したばかりでしたから冗談かと思いましたが、どうやら本気のようです。そこで、3ヵ月の子どもを保育所に預け、実家の新聞社で働き始めました。すると、毎日のように読者の方から感想やメッセージのお便りが来て、それを読むと大きなやりがいに変わっていったのです。結局、出産のために里帰りしたまま、夫の元に帰らず宮崎で働いていました。
佐々木 帰らずに……それはいつ頃のお話でしょうか。
重春 7年前です。でも、当初2年間ほどは家庭と仕事の両立にとても悩みました。夫は出張が多くてあちこちを転々としていたとはいえ、「この状態は夫や子どもにとってどうなのだろうか?」とモヤモヤしていました。
佐々木 2年経ってどうなりましたか。
重春 「宮崎中央新聞社を私が継ぐんだ」と心の片隅で小さな決意をしました。2020年、ちょうど30歳の時です。両親からは「継いでほしい」と言われたことはありません。「自分が社員を引っ張っていけるだろうか」と葛藤があり、まったく自信がありませんでしたが、私が勝手に継ぎたいと思いました。
そして、専務取締役として経営に携わるようになりました。
佐々木 自信のなさを覆すような想いがあったのでしょうか。
重春 たくさんの読者の方と交流する中で、「こんなに愛されている新聞をなくしたらいけない」という使命感が生まれたのだと思います。
佐々木 私もJCDAの理事長を引き受ける際に同じような想いをしましたので、とても共感できます。そのほかにハードルとなるようなことはございましたか。
重春 社員との対話には苦手意識がありましたが、「人生すごろく『金の糸』」が助けてくれました。
社内で「人生すごろく『金の糸』」を使ってくださっているのですよね。その経緯と効果についてお聞かせください。
私も理事長を引き受ける際 同じような想いをしました重春 私の父親であり編集長である水谷もりひとが産業カウンセラーの資格を取った際、JCDAの理事・黒木陽子さんと同期だったようです。その縁で、黒木さんに弊社の顧問キャリアカウンセラーになっていただき、人生すごろくも体験させていただきました。
佐々木 2024年末のお父様ご執筆の社説でも、その時の様子をご紹介いただきました。
重春 私はそれまで社員に遠慮していた面がありましたが、人生すごろくを取り入れてから、関わり方が劇的に変わりました。
佐々木 どのように変わられたのですか。
重春 最近の若い子には、仕事とプライベートとを切り離して考える傾向がうかがえます。ですから私は、社員とあまりプライベートの話をしないように心がけていました。ところが、人生すごろくをすると、「こういう側面があったのか」「こういう経験があったから、こういう人柄なのか」など、一人ひとりの内面がわかるようになってきたのです。
佐々木 仕事をしているだけだと内面はわかりませんからね。
重春 そうなんです。ですから今では、毎月の会議の最初に10分ほど人生すごろくを実施しています。1回に1~2問しかできませんが、遊びながら過去のことを掘り下げられますのでお互いに抵抗感なく話せて、社員との距離感も近づきました。
佐々木 JCDA本部の職場以上に積極的に活用されていますね。ありがとうございます。
重春 読者の方との集まりでも使っていて、非常に好評です。
佐々木 人生すごろくが社長になる決め手になったのでしょうか。
重春 そういうわけではありません(笑)。30歳で専務取締役になった時に、「35歳になったら会社を引き継ごう」と覚悟を決めていたのです。そして、2025年7月から社長になりました。
佐々木 私が理事長になったのとほぼ同じタイミングですね。社長になって何か変わったことはありますか?
重春 社長になったからというわけではありませんが、東京に出てきました。
中高生の7割が「10年後に不安」 居ても立っても居られず東京へ
東京に出てきたことは、新聞の未来とつながっているように思いますが、いかがでしょうか。
重春 宮崎で営業活動をしている中で、「何か数字で表せるものがあるといいですね」というアドバイスを受けました。そこで、調査データなどをいろいろと調べていたところ、13~79歳を調査対象とした内閣府の「国民生活に関する世論調査」に、「あなたは、日頃の生活の中で、悩みや不安を感じていますか」という設問がありました。それに対して「感じている」という人が2023年11月は75.9%、2024年8月は同78.2%でした。また、ソニー生命による「中高生が思い描く将来についての意識調査2025」では、中学生・高校生の70%以上が「10年後の日本が不安」と答えています。
私はこの事実に衝撃を受けました。これまでさまざまな読者の方や講師の方に会い、素敵な方々がたくさんいらっしゃると思っていたのに、実は不安を感じている人が7割以上もいるのです。
その現実に対して、自分たちは現状に満足せず、もっと“未来に希望が持てる情報”を広める使命があるのではないか。そう考えたら居ても立っても居られず、すぐに日本の中心・東京行きの片道切符を手配しました。
佐々木 すごい行動力ですね。
重春 東京での住まいも決めていない状態なのに、自分と子ども3人分の2ヵ月後の飛行機のチケットを予約して、それに間に合うように引越しの準備をしました。
佐々木 私たちもJCDAの会員さんとだけ付き合っていれば居心地よく過ごせるかもしれませんが、もっと外にも目を向けるべきだと思っています。そうすると、苦しい・厳しい想いをしていらっしゃる人の存在に気づきます。
重春 そうですね。
佐々木 重春さんはそうした状況を知って、「放っておけない」と思ってチケットを取ったのですね。本当に尊敬します。
東京に出てきてからはどのような活動をされているのですか。
重春 私一人で東京支局を立ち上げ、読んでくださる方を一人でも増やすための広報活動をしています。かつての母親のように飛び込み営業はしませんが、“いい情報”を広める努力はしています。たとえば、講演でお話しするのもその一つです。
佐々木 ご自身でもご講演なさっているのですよね。
重春 はい。自社では、編集長である父親、中部支局長の山本が「心揺るがすイイ話」というテーマで講演活動をしています。私も昨年から少しずつ講演の機会をいただきました。東京では勉強会などの話せる場がたくさんありますし、宮崎に比べて参加人数規模も大きいので、ありがたくお話しさせていただいています。
佐々木 今回の対談の実現もそれがご縁でしたね。
重春 特に対面だと、知人がほかの方々をご紹介してくださったりしますので、東京は出会いの質が違うように感じています。
佐々木 重春さんのお人柄によるのかもしれません。私は以前から感じているのですが、『日本講演新聞』のコンテンツがすばらしいのはもちろん、読者へのマインドもすばらしいと思っています。たとえば梅雨の時期だと、「配達の時にもし濡れてしまっていたら交換しますので、お申し出ください」と手紙が添えてある。あるいは、紙面で紹介されている書籍について「絶版などで販売されていない場合は本をお貸し出ししますのでご連絡ください」などと書かれている。さらに購読して10年が経った時は、「10年間も読んでくださり、ありがとうございます」という旨の手書きのメッセージが書かれた書籍を送っていただきました。社員の方々のそのマインドには本当に頭が下がりますし、敵わないながらも見習いたいと思っています。
重春 弊社はこれまでけっして順調な経営ではありませんでしたので、読者の方を一人ひとり大事にしようという意識がスタッフ全員に共通しているのだと思います。
佐々木 貴社のどなたとお話をしても、それがひしひしと伝わってきます。
重春 読者の方からも同じようなお褒めの言葉、喜びの言葉をいただくことがあります。私たちにとっては、それが大きなやりがいにつながっています。
情報を取捨選択できるように 子どもたちに情報リテラシーを
今後に向けてはどのようにお考えですか。
重春 今日これまでにお話しした方向で、私たちは“いい話”を広めていきたいと思っているのですが、一方で「いい話かどうかを判断するのは主観でしかありませんよね」と言われることもあります。“いい話”の魅力を論理的・科学的に伝えられないもどかしさがあります。それを皆さんにわかってもらえるように伝えるのが、私の役目だと考えています。
佐々木 私たちキャリアカウンセラーも、同じような状態かもしれません。非常に共感します。
重春 また、今は世の中に情報があふれていますので、情報リテラシーが必要とされます。特に子どもたちには、「この情報は自分の人生を豊かにしてくれる情報なのか? 幸せにしてくれる情報なのか?」を読み取って取捨選択できる力が大切だと思います。そうした観点で学校と連携するなど、何らかの形で教育に携われればと考えています。
佐々木 すでにお子さん向けの新聞も発行されているのですよね?
重春 はい。塾を経営している読者の方から「『日本講演新聞』の内容を子どもたちにも届けてほしい」と依頼されたのがきっかけで、ジュニア版を発行することにしました。ただ、「ほかの子ども向け新聞のようにカラー化」「印刷しやすいようA4判に」「難しい漢字にはふりがなを」「かわいいイラストを」など課題が多くて苦労しました。最終的には、小学校高学年から中学生のお子さんを対象に月1回発行しています。『日本講演新聞』の紙版・WEB版のご契約者さまには無料でPDFをダウンロードできるように、ジュニア版を紙で欲しいという方には有料でお届けしています。
佐々木 次世代を担う子どもたちへの教育は本当に大事だと思います。新聞とキャリアカウンセリングという領域は違いますが、社会課題への捉え方が近しいと思いますので、何か一緒に取り組んでいければと思います。
重春 こちらこそ、ぜひお願いします。
最後に、私たちキャリアカウンセラーに向けてメッセージがございましたらお願いします。
重春 私たちは発信する側ですので、その情報を受け取った方の心理状態まではわかりません。情報を受け取った方々のケアについては、キャリアカウンセラーの方でないと難しいように思います。
佐々木 「ケア」というよりも「成長につなげる」という感じでしょうか。記事を読んで、どの箇所で心が動いたのか、それはどうしてか、自分が大事にしていることとどうつながっているのかなどに気づき、自己理解を深めていく。自己理解が深まると、他者理解や環境理解も連動して深まっていく。そんなイメージで、新聞を成長に変えていくお手伝いに関われたら本当にうれしく思います。
重春 先日、JCDAさん主催のセミナーに参加させていただきました。その際、自分を見つめ直すきっかけになる言葉をいただき、その言葉で自分を振り返ることもできることがわかりました。キャリアカウンセラーの方は一人ひとりの成長につながる時間を与えてくれる存在だと思いますので、ぜひ何らかの形で一緒に取り組めたらと思います。
佐々木 本日はありがとうございました。
(取材:2025年10月29日)




